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半夏生の朝

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執筆を邪魔しようと、女は指を舐めた。小指はかわいらしくて、唇となじんでいる。女は丸裸だった。教授はガウンを着ていたが、下着はつけていない。
女は足と交情する。二人だけの存在感を楽しみ、安心感すら生まれている。鴨川のマンションでは経験できなかった意識である。足と言っても、愛撫の始まりだと理解した。足との性交がスタートする。教授と抱き合っていると思う。教授はわかってくれるだろうか。

女はこれまでに、いろんなものを入れてみた。セックスは体操競技のようなところがある。体の機能快を追求するのだ。夏至の朝、教授の足指を入れてみようと思った。
指の先がすこし入る。一度出して、その足指で花唇を抑えてみる。濡れてきた。足指を入れなおす、もう少し深く入る。ゆっくり出し入れする。一部だけで交わっているのに、体全体が興奮してくる。
教授は女の動きを全く無視して、机に向かっている。ガウンの中の男根は柔らかいままだ。普段がそうだから、違和感はない。しかし、頭が女のことを無視しているのが嫌だった。
その柔らかい男根を口に含もうとするが、届かない。足指を抜いて、体を整えた。
女は両足の中に入り込んでみる。男根を含む。しかし硬くならない。なぜか、と思案する。まじめなことを考えているからだろうか。二兎を追えないのか。そんなことはない、と思い直して教授を挑発する。
柔らかいのも、気持ちよい。愛しながら撫でる。この無力な男根を唇で感じるのも気に入っている。花芯の奥が潤ってきたのが分かる。柔らかいままの男根との交情をあきらめて、もう一度、足指を入れた。男根も足も教授の体の一部だが、それぞれはそれぞれの役割を果たそうと懸命だと、女には思えた。不思議な感覚に包まれる。懸命なのは、女の方なのかもしれない。

教授が無視するばかりなので、女は床に転がったまま、部屋を見まわした。こうして、そこから世界をたしかめていると、地面を這う虫の気分になってきた。世界を下部構造から見上げている気分だ。女は自分にふさわしいと思った。知識人である教授には経験のないことだろう。思考が深まろうとしたとき、不意に睡魔に襲われて眠り込んだ。
昨夜、女は教授の命じるまま、裸になって机のそばで横たわった。起きたり寝たりを繰り返して、教授の執筆を見守ったので、眠りが足らないようだ。

「Ⅿちゃん、できたぜ」
教授は声をかけた。
「よかったですね」
「ちょっと、疲れたわ」
「先生、眠る、どうする」
「冴えてしもうたから、寝られへんな」
「先生、床に這いつくばったこと、ある」
「なんや、変なこと聞くな」
「床に転がってね、見上げるたことあるの」
教授は一息つくと、
「学生時代、内ゲバでな、つかまってんや、裸にされて、這いつくばれって、言われてな、顔を踏みよるんや、その後、ちょっとしんどかったな、立ち上がれへんねん」
「ふーん」
女は、衝撃を受けて言葉が出てこなかった。
教授も沈黙した。
「たいへんやったんやね
「さっぱりわからんけど」
「特高がな、よくしてたそうや」
「特高って」
「戦争中の警察や」
「特高をまねするって、変やね」
「変やろ」
女はこの話題をもうやめることにした。夏至の朝にはマッチしない。

昨夜はとてもシンプルな設定だった。
教授は、女に裸になっていてほしいと求めた。その裸を眺めながら、
「きれいやな」
とほめながら、執筆を続けた。
時々、女の方を見ることがあったから、女は視線を教授に向けていた。
「足を開いてくれ」
女に体勢の変化を求めた。女はすなおに教授の方に足を開いた。

「お仕置きや」
教授は、執筆の邪魔をしたと言って、女の尻を叩いた。女はその理由を詮索してみた。教授がちらりと視線を送ってきたとき、思わず腰を揺すったのだった。
「いやらしいやつやな」
乾いた音が響く。人の気配がなく、マンションとは思えないほど音のない静かな空間だ。尻を叩く音が人に気づかれないかと、少し気になった。
教授は叩き続ける。怒っているようだ。
「許して」
女は舞台の女優のセリフのように言葉を吐く。この場を盛り上げねばならない。
「反省してないな、言うことを聞かないなら」
教授は腕輪を二つ、左右の手の受首に着けた。
「おまえが悪い」
さらに目隠しをされる。
「そこで転がってろ」
猫のように、足元で横になる。
空気が濃い。この空間は二人だけなのに、観客がいるようだ。

教授は深夜、
「たたいてもええか」
と、女にたしかめた。
女は、えっと、驚いたが、手順を踏んで同意を求める老教授の態度に好感を抱いたから、
「痛いの、だいじょうぶ」
うまく男を盛り上げる言葉を発して、なにか激しいものを求めているのだと理解しようとしたから、これにも素直に従った。
女が今、付き合っている男がサディストなのを、教授はよく知っている。
しかし、教授のむち打ちは巧妙で、あの男のやり方とは全く違った。最初のころは触るような、撫でるような叩き方で、遠慮があって物足りなくさえ思った。
「大丈夫か」
「大丈夫よ、もっと叩いて」
教授はベルトを、少しずつ力をこめて振り下ろした。
パーン、パーン。
間が空くので、もどかしく感じられた、遠慮しないで、と心の中でつぶやいた。教授はしかし、あくまでゆっくりしたテンポであった。
女は、体の中の奥深いところが反応してきているのに気付いた。あの男のむち打ちにもそうだったかもしれないが、その自覚はなかったから、奇妙な体験だ。
間が絶妙で、叩くこと自体が目的ではなく、女の深い官能を呼び起こそうとしているのである。教授の巧妙絶技には、おみそれした。女のとうてい及ばない性体験があり、女性の扱いがうまい、うますぎる。
子宮がゆすぶられている。その子宮から官能を表す液体があふれてきているようだった。子宮の反応は、頭がこの教授を受け入れることと、同時進行のようではないか、そこがあの男とは違うな、と、女は自分の体と心の変化を観察した。女は子宮で考える、とか言われたことがある。たしかに、子宮で考えているようだ。しかし、男たちが女を揶揄して言うような状況ではなくて、つまり、子宮と頭が別個ということではなく、子宮が頭とともに感応しているのであった。
この感覚はまったく初めてだ。自分の体の芯の反応に驚かされながら、その深い感覚に身をまかせた。
パーン、パーン。
女をむち打った。パーン、と乾いた音が響く。しばらく間を置いて、老教授はベルトを打ち下ろす。パーンと、張り詰めた太鼓の表面の様な、お尻を叩く音がパーンと反響する。
教授は淡々とこの作業を繰り返す。女はもうそろそろ、やってほしいと思い始めるが、教授はなお、単純なむち打ち行為を続けている。その謎はやがてわかるのだが、不思議な時間が過ぎていくのだった。
それにしても、前戯としてはあまりに長すぎる。薄目で教授の方を見たのだが、意外な事態に戸惑った。男の中心が見当たらないのだ。あの男なら、勢いを増してはち切れんばかりになっている。教授はほとんど勢いがなく、だらんとしている。
自分に魅力がないのかとすら思った。女の感応は一挙にさめていく。
「ダメなんですか」
作品名:半夏生の朝 作家名:広小路博