ツイスミ不動産 物件 X
しかし、こんなオヤジに怯むほど柔ではない。オホホと一笑し、「私並びにこのクワガタ、いえ、紺王子宙太が誠心誠意お探し致しますわ」と啖呵を切る。
それと同時にデスクの下でクワガタを二度蹴る。
これは合図だ。
なぜなら家探しのキーパーソンは旦那より奥さま。そのI夫人に、何はともあれイケメン風にアプローチを開始せよということ。
これを受け部下は「私はこんちゅう(紺宙)、だから昆虫のクワガタとしてここで飼われてます」とまずは自虐的に場を和ます。その後間髪入れずに、奥さまが一番お綺麗とばかりに愛想笑いし、「終の棲家のお好みは?」と訊く。この会話から外された旦那がムッと表情を変える。
しかし古女房は手慣れたもの、「まずはこの人の望みを聞いてやってください」と立てる。
なるほど、最終決断者が妻だとしても、そこへ至るプロセスが必要。
そこで課長は「まずはご主人様のご要望を」と促す。
すると旦那は待ってましたとばかりに、「春は山里の一本桜を愛で、夏は大海原の白い帆に乾杯。秋には紅葉に埋もれる山寺をふらりと訪ねて、冬は白銀の雪原、その氷点下の冷たさを感じたい」と、うわ言めいたことを。
これに妻は「でもね、春夏秋冬だけでは物足りないよ」と夫の演説を一蹴し、「新芽ふく冬から春への原野、若鮎跳ねる春から夏への清流、賑わいが消えた夏から秋への浜辺、枯れ葉舞う秋から冬への並木道、私は春夏秋冬の間にある、移ろい行く四つの時季が好き、だから四季だけではなく、四つの模様替えを合わせた八季を味わいたいわ」とオヤジより欲張った主張をする。
作品名:ツイスミ不動産 物件 X 作家名:鮎風 遊