ツイスミ不動産 物件 X
「クワガタ、お客さまにお茶を出して」
カサリンは背後で、PC画面にのめり込み資料作成している営業員、紺王子宙太(こんおうじちゅうた)に声を掛ける。
なかなかのイケメンだ。そのためかカサリンはこいつが付け上がらないように、業務指導の一環のつもりでクワガタと呼んでいる。
紺王子はある日、この呼び方が気に食わず、それ止めてくださいよと文句を付けた。
「だってお前は紺王子宙太のコンチュウ(紺宙)だろ、だからクワガタ。とにかく昆虫の中でも上等なんだから喜べ。さあまだ青臭い王子、お仕事頑張ちゃって、早く王様クワガタになりよしね」と熟女カサリンにさらりといなされてしまった。
それはそれとして、「ようこそ、どうぞ」
紺王子がお茶をカウンター上に置くと、笠鳥課長は「お客さま、このクワガタ、いえ紺王子宙太が担当させてもらいます」と宣言し、一応美人ではあるが、やけくそぎみに塗りたくった白っぽい面を突き出した。そしてかなりブルーな瞼をパチクリとし、「ご希望は?」と。
このトントン拍子の展開に夫婦はポカーン。
しかしクワガタと呼ばれた担当者が意外にも好青年、夫人からそこはかとなく笑みがこぼれる。これに、さすが長年苦労を掛けたと罪悪感がしこってるFダンナ、カミさんの機嫌が良い内にと、「探して欲しい終の棲家は、そう猫です。猫たちと一緒に残された時間を生きて行きたいのです」と言い放った。
されども、この男一徹は危険だ。
「奥さまは同意されているのですね」と責任者のカサリンが妻の顔を覗き込む。
が、こんな大事な場面で無神経にも、クワガタ野郎は「私は犬派、ワンちゃんの方が可愛っすよ」とほざきよる。もちろんカサリンはヒールの先で強烈キック。
だが不思議なものだ、紺王子の「イテッ!」の叫びを掻き消し、奥さまは「猫まみれの終の棲家、@%ですわ」と。
うーん、肝心な@%単語は聞き取れなかった。だが微かに頷いた…ようだ。
こうしてF夫妻向けのツイスミ探しが始動した。
作品名:ツイスミ不動産 物件 X 作家名:鮎風 遊