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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Fortunate one

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 階段の踊り場に座って、タッパーに入ったサンドイッチを食べていると、銀色のアルミ皿を手に持ったツグミがひょいと隣に来て、わたしに言った。
「おつかれさま。ここじゃなくてもいいのに」
「仕事のあとだからさ」
 わたしはそう言って、最後のハムサンドイッチを手に取った。半分に千切ってツグミに差し出すと、はにかんでしばらく迷っていたようだけど、結局食べた。
「ありがと。太っちゃうな」
「大丈夫だよ」
 わたしが適当に相槌を打つと、隣に座ったツグミは、アルミ皿の中身を見せた。暗くてよく見えなかったから、わたしは訊いた。
「チーズケーキ?」
「差し入れだって。半分こにしない?」
「いいの?」
 ツグミは返事の代わりに、プラスチックのスプーンで真ん中に線を入れた。わたし達は、しばらく無言で食べた。あっという間に空になって、ツグミは立ち上がった。
「あとでね」
「うん。ごちそうさま」
 わたしが言ったとき、外で光っていた看板がふっと暗くなった。
 夜になると光って存在感を増す『沖浜漁業連合』の看板。通称、ハマ漁連。それも夜の十時には消えてしまって、夜中は波の音だけで後は真っ暗。わたしは十九歳。ツグミも同い年で、ハマ漁連の経営する沖浜グランドホテルで育った。カラオケからゲームに、大きなお風呂まで、本当に何でも揃っている、ひとつの町みたいなホテル。ロビーは広くて、座ると頭まで埋まってしまいそうな柔らかいソファが、いっぱい置いてある。ツグミは、わたしが五歳のときに、どこからともなくキッズルームへ連れてこられて、隣で遊び始めた。それ以来の親友だ。
 外の世界には学校というのがあって、そこで色んなことを習うらしいけど、わたし達はそういうことを全部、ホテルの中で先輩から教わった。ときどきツグミと一緒に夜中に抜け出して、海を見に行くことがある以外は、わたしはずっとホテルの中にいる。大事な仕事があるから、長い時間は外せない。
 支配人は、このホテルを観光客に貸すだけじゃなくて、『特定の仕事を稼業とする人』の拠点にしている。法律で裁かれると、その人たちのほとんどは死刑か無期懲役になると、先輩から聞いたことがあった。
 わたし達は、それが成り立つために、なくてはならない存在。子供のときからここで育てられて、家族や身寄りはいない。持ち物は、生年月日の書かれた紙と、堅苦しい黒色の制服。そして、呼び名だけ。

 ツグミは、いつも難しい顔をして地図とにらめっこしては、信号機のある場所に丸をつけたり、細かな路地にマーカーを引いたりしている。頭の回転が速くて、どんな謎かけもすぐに解いてしまう。そんな彼女の仕事は、情報収集と道具の準備。
 先輩のヒバリは二十四歳。ツグミが集めた情報を持って、ホテルの中を行ったりきたりしては、『特定の人』に伝達する。わたしと同じで背が高くて細身だけど、派手でひらひらしている。彼女は連絡係。ときどき、部屋に行ったまま、全然帰ってこないことがあって、そんなときはツグミと笑いながら噂話をする。
 最年少はメジロ。まだ十六歳で、仕事は割り当てられていない。のんびりした性格で、ヒバリの後をついていっては、色々と教わっている。
 そして、大先輩が二人。料理長のカワセミと、百七十室ある部屋の管理と掃除をしているクジャク。二人とも三十四歳。カワセミは優しくて色んな賄料理を作ってくれる。普通のお客さんに料理を出すことがあって、外の世界のことをよく知っているし、よくその話をしてくれる。クジャクはいつも澄ました出で立ちで、正直おっかない。でも、ヒバリだけは彼女から仕事を教わった『愛弟子』で、結構なお目こぼしを貰っている。
 ちなみに、ホテルをせわしなく出入りする『特定の人』は、全員同じようにモズと呼ばれる。彼らはほとんどが男で、意味もなく人を殺せる人たちだ。ツグミは、『血の匂いがするからすぐ分かる』と言う。わたしは生まれつき嗅覚障害で匂いが分からないから、それがどんな感じなのかは知らない。
 わたしの名前は、川井ひな。みんなの本名は知らないし、気にしたこともない。ヒバリは、わたしの仕事を『匂いが分からない人にしかできない』と言って意地悪そうに笑う。その証拠に、仕事のあとは一緒にご飯を食べてくれない。
 わたしは、カラスと呼ばれている。
 仕事は、モズが殺した人間の解体と、貴金属の回収。

 地下駐車場の、蛍光灯が全部外された奥の端。壁に沿って、ビールケースや台車が置かれている。その隣に、ブルーシートがかけられた場所があって、めくると車が一台通れる通路がある。そのさらに奥が、わたしの仕事場。人だけが運ばれてくるときもあれば、車ごとのときもある。
 チーズケーキをツグミと半分こにした次の日の夜中、運びこまれてきたのは、後ろのタイヤがパンクした軽自動車だった。紺色のバンで、あちこち錆びている。わたしは、広げたビニールシートの上に車体が全部載るように誘導した。エンジンを切ったモズは、ようやく厄介払いができたのが嬉しいのか、風呂上がりみたいにさっぱりした表情で運転席から降りると、わたしに『ひとりね。あとは、よろしく』と言って、従業員通路からロビーへ上がっていった。カワセミが何か美味しいものを作って待っているんだろう。わたしも食べたかったけど、仕事が先だった。
 シンダーブロックを四隅に置き、車に残った血が流れ出さないように、ビニールシートの端を持ち上げてくくり付けてからリアハッチを開けると、くの字に体を折った男の人の死体が、中に転がっているのが見えた。体を折ってあるのは、モズがそうしただけで、死ぬ前にその体勢を取ったようには見えなかった。下顎から頭頂部に向けて撃たれたみたいで、顎の真下に射入口があった。右の眼窩が砕けて、破裂した眼球がぺしゃんこの風船みたいにへこんでいた。わたしはリアハッチの真下に台車を置くと、死体を引っ張って乗せた。特に鍛えていないけど、ツグミはわたしのことを怪力だと言う。腕相撲は、負けるのが分かっているからか、相手もしてくれない。
 解体には、いつも特注のチップソーカッターを使う。人ひとりが載る台の上をスライドできるようになっていて、伸縮もできる。片方ずつバラバラにしていって、半分が終わったら破片を片付けて、体重が半分になった体をうつ伏せにひっくり返す。力の入れ方を間違えると腰を痛めてしまうから、いつも慎重にしている。でも、その前にやることがあった。それは、内容物を全部外へ出してしまうことと、死後硬直が解けるまで待つこと。頑固な死体は、ウィンチで吊って大きなバケツを下に敷き、股関節のわきを二箇所切って開いておく。しばらく経てば、厄介な内臓が切り口から落ちるし、残っていても手を突っ込めば引っ張り出せる。それに、ガスがたまりにくいから解体も楽だ。デメリットは、わたしには関係ないことだけど、作業場に誰も近寄れないぐらい、臭いがひどいということ。
 くの字になったままの死体をウィンチで吊り、時計を眺める。数時間はかかるはずだった。そういうときは、昔のことを思い出すようにしている。何年か前、クジャクに教えてもらった。
作品名:Fortunate one 作家名:オオサカタロウ