盗人のお頭、時を越え
同心達は、砂利敷の砂利の上に控え、丹吉は砂利の上に敷
かれた筵(むしろ)に座り頭をさげていた。
やがて長官は、丹吉におもむろに言葉をかけたのである。
長官:「丹吉と申すはその方か」
丹吉:「へい」
長官:「先日の働き誠に見事、そちの心底確かめたぞ」
長官:「罪を償い真人間になって戻られたそなたはもう、罪
人ではない、こちらに来られよ」と言って手招きし、
同心につき従いながら、縁側近くに進み出ひれ伏したので
ある。
長官もやさしい言葉をかけられ、丹吉も涙を堪えてうず
くまっていた。
やがて体面も滞りなく進み、長官は退出され残された丹吉
は、同心二人に抱えられるようにしてその場を後にした。
その道すがら、どうしても先代平蔵様のお墓参りをしたい
との、たっての願いもあり、後日日をあらためていくこと
になったのであった。
数日たったある日、同心と岡っ引き役の二人が、撮影
の合間を縫って、同心屋敷内にある彼の住まいを訪れ、案
内することになった。
丹吉は水桶とお花を携え(たずさえ)同心の後をついて行き、ほどなく
して、お寺の境内に差し掛かると、奥の方に大きな銀杏の
木が立っており、その伸びた枝先が初夏のつよい日差しを
遮(さえぎ)るかのように墓石の上を覆っていた。
墓石正面には、長谷川家累代の墓と彫られ、側面には寛政6
年11月に没すと刻まれていた。
それを見るなり丹吉は、敷かれた玉砂利の上に崩れるよう
に膝をおとし、
丹吉:「長谷川様のような慈悲深いお方が、このようなお姿
になられ、あっしらのような罰当たりが、まだ生きており
やす、申し訳ござんせん」と泣き崩れるのであった。
これを遠目で見ていた同心と岡っ引きは、何か不思議な感
情が芽生えだしてきたのである。
やがて丹吉は寺の境内にある粗末な作事小屋に住み込み
お墓を終生守っていくと心に決めたのである。
遠目からの警備の者たちの話によると、朝は早くからお墓
の周囲を掃き清め、玉砂利を一つ一つ磨き上げ、お花の水
をかえたあと墓石の表面をいたわる様に柔らかい布で拭き
上げながら、いつも何かを呟いていたと言う事であった。
それから数か月たったある日、なかなか作事小屋から出
てこない丹吉を不審に思った同心姿の警備の者が、尋ねて
みると、粗末な筵(むしろ)の上に横たわっていた丹吉の姿を見つけ
たのである。
目元には一筋の涙と、わずかに笑みを湛えた安らかな往生
で、右手にはあのいつも墓石を噴き上げていた布が大事
そうに握られていたそうであった。
やがて遺体は身元不明者としてとり扱われ、荼毘に付され
ることとなり、その遺灰は関係者のたっての願いで、
本物の長谷川平蔵宣似供養之碑があるお寺に、無縁仏とし
て葬られることになったのであった。
監督:「スタッフたちにも、かなり気苦労をかけたが、無事
一軒落着といったところだね」
助監督:「最後まで丹吉さんの出所は分かりませんでしたが、
我々の映画作りにも、励みになりますね」
監督:「ああ、神様が時代を越えて丹吉さんを遣わし
てくださったのかな」
助監督:「スタッフのすべてが、何かこう背骨が伸びたよう
な、新鮮な刺激を受けたようですよ」
監督:「いい経験をさせてもらった、有難いことだよ」
監督:「今頃、長谷川平蔵様が墓の下で丹吉さんに、手招き
をされているかもしれないな」
監督:「おい丹吉よ、もそっとこちらへ来られよ、そう遠く
ては、話も出来ぬではないか、と」
助監督:「そうですね、にこやかに丹吉さんが近づいていく
姿が、目に浮かびますね」
完
作品名:盗人のお頭、時を越え 作家名:森 明彦