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盗人のお頭、時を越え

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川底の小石をもてあそぶかのように流れ下る川筋に、

アシと灌木の生い茂る鬱蒼とした河原があった。

その奥まった所は、いつももやがかかり、樹木や、家屋の

輪郭をあわい影となって浮き上がらせている。

それは、もう目立たぬよう、ほどほどに手を加えられただ

けの、粗末なあばら屋であった。

僅かないろり火の中に浮かぶ数名の元盗人と、その頭(かしら)とお

ぼしき人物が車座になり、屈託のないさばさばとした表情

で、話し込んでいた。

漁火の頭:「火盗改めにお縄になってから、もうかれこれ1

年以上にはなるかい」

手下達:「へい」

漁火の頭:「で、おめぇ達のお裁きはどうだったい」

手下達:「へい、あっし達は、三十日手(て)鎖(ぐさり)の軽いお裁きで済

みやした」

手下達:「そしてつとめ終えると、姐さん達は深川の表通り

に面した大店に、長谷川様の口利きで奉公させてもらって

おりやす」

漁火(いさりび)の頭:「ほぉー、そいつはよかった」

漁火(いさりび)の頭:「で、おめぇ達は」

手下達:「へい、これも長谷川様の口利きで、築地の魚河岸

で、皆一緒に働かさしてもらっておりやす」それを聞いた

丹吉は、腕を組み直しながら、

漁火(いさりび)の頭:「長谷川様は、てぇしたお方だ、この俺も三尺た

けぇ磔柱(はりつけばしら)で,お仕置きになるものと覚悟していたが」

漁火の頭:「それがどうだい、一年足らずの寄場(よせば)送りだと言

うじゃねぇか、・・・ま、左腕には、こんなお宝貰(もら)っちまっ

たがな」

と言って、左腕をめくると一寸幅の入れ墨が2本ぐるりと

彫られていた。

漁火(いさりび)の頭:「こんな、お情け深いお仕置きじゃ、真人間に

も、なろうてもんじゃねーか、なあおめぇー達」

手下達:「へい」

と言い終わるか、終わらない内に、閃光が闇(やみ)を貫き、

雷鳴(らいめい)が大地を震わせながら、天上から一本の光の帯が、稲

妻となってそのあばら小屋めがけて落ちてきたのである。

幸いにも屋根をかすめ、近くの灌(かん)木(ぼく)の林を直撃した。

その凄まじいエネルギーは、周囲の時空を歪め空間に裂け

目を生じさせたのである。

いまでは、時空のゆがみや裂け目が存在する事は、現代の

天文学や最新機器によって実証されているのであるが、

この時代、特に自然現象に対して畏怖(いふ)の念を抱いていた

人々の間では、現世から、忽然と人が消えるという出

来事は、神隠しにあったと言われ、不明者は神

域に消えたとする、自然崇拝の中で芽生え

た言い伝えであった。

さて、その盗人のお頭こと漁火(いさりび)の丹吉は、ただ一人時空の

裂け目に吸い込まれてしまった。

彼は、暗い時空の波間のなかを漂い続け、遥か先の僅かに

垣間見える光明に導かれるようにして、身をゆだねていた。

その頃、東都大湊撮影所の上空にも唯ならぬ暗雲が漂いは

じめ、それらが一点に濃縮されるかのように集まりだした

のである。

やがて、臨界点に達したかのように、中心部から光の帯び

が放出され、それが稲妻となって無人の撮影現場近くに突

き刺さった。

つまり、過去と現在が同期したかのように同じ現象が偶然

に重なったのである。

そこでも時空に裂け目が生じたのだが、今度は、過去から

連れ去って来たものを、なんと一気にとき放したのである。

やがて何事もなかったかのように、すぐに異変はおさまり、

気丈な漁火(いさりび)の丹吉は、その場に茫然(ぼうぜん)と立ちつくしていたが、

そこへ突然、千両箱を小脇に抱えた者や、顔に返り血を

浴びた者らの一団が、ばらばらっと彼の目の前に現れた。

それは、つまり雷の影響で中断されていた鬼平犯科帳の撮

り直しが始まり、押し込みシーンが再開された為なのであ

るが、しかし、彼らの台本にはない、見知らぬ男が、まる

で奈落から舞台中央にせリ上がって来たかのように

立っていたので、なにか急なシナリオ変更でもあったのか

と思いなおし、助監督の方にゆっくりと顔を向けると、

彼もかなり動揺していた様子だった。

しかしそれにしても、その男のなりが、いかにも着慣

れた様な、引廻し(ひきまわし)合羽(かっぱ)をつけ貫録のある旅姿の男だった

ので、気後(きおく)れし、つい言葉を逸したのである。

そうこうする内に、その旅姿の男がいきなりドスのきいた

べらんめぇ調で、捲く(まく)し立てたのであった。

丹吉:「やい、てめえら盗人だな、それも急ぎ働きなんぞし

やがって」

丹吉:「盗人の風上にも置けねぇ野郎達だ、ただじゃおかね

ぇ」と言って、彼らの中に飛び込み、一瞬にしてねじふせ

てしまったのである。

なにせ、腕っぷしは桁外(けたはず)れであり、幾(いく)たびもの土壇

場を潜り抜け肝(きも)は据(す)わっている、何よりも本物の盗人の頭

目であったので、赤子の手をひねるよりもらくであった。

丹吉:「なんでーこいつら、外道のくせにやわな野郎達だぜ」

と言っている矢先、小物たちが火盗改めの提灯を持ってパ

タパタッと彼を囲い込み、与力を筆頭に十数名の同心達が

それに続いたのであるが。

与力:「なんだこれは、いったいどうしたというんだ」と

1人立ちすくんでいる彼に向かって、問いただすと、彼は

膝(ひざ)をつき、合羽(かっぱ)を脱ぎながら、

丹吉:「へい、あっしがやりやした、気を失ってはおりやす

が、手傷を負わせちゃおりやせん、当て身を食らわせただ

けでござんす」と、流暢な江戸言葉で返したのであった。

与力と同心達:「と、とにかく、この状況を監督に

すぐに説明して、それとズームショットの撮影班の中

止を」と言い、周りで気絶している盗人役の大部屋俳

優達を介抱しだしたのだった。

・・・余談だが、その後彼らは、病院へ運びこまれ医師の

手当てを受けた。元来こういう役所(やくどころ)が多い大部屋俳優達

は、常日頃から体を鍛えており、多少のあざは残るものの、

仕事にはまったく差し支える事はないとの事であった。

丹吉は、盗人達の間を飛び回るようにして、頬を軽くたた

いたり、体を揺すり介抱している同心達の様子を見て感心

し、

丹吉:「さすが、お情け深い長谷川様の御配下の方々だ」

丹吉:「今、監督とかおっしゃられたでござんしょ、監督す

る立場といやぁ火盗の長谷川様だ、あっしは、漁火の丹吉

と言うケチな野郎でござんすが、ぜひともお会いして1年

めぇの慈悲深いお裁きのお礼を申し上げたいのでござんす」

と諦(あきら)めそうにない彼の気迫のこもった言葉に押され、後日

引き合わせる事になったのである。

やがて翌日、監督、助監督、制作スタッフ、主だった俳優

陣らが、一堂に集まり今後の対応策を話し合っていた。

監督:「あの丹吉とか言われる人は、今どこに」

スタッフ:「はい、撮影所内の同心屋敷内で、一応身柄を

預かっていますが」

監督:「監視は付けているのだね」

スタッフ:「はい、あまり刺激しないよう、同心姿で警備の
作品名:盗人のお頭、時を越え 作家名:森 明彦