HAPPY BLUE SKY カッジュ新部署へ 2
「額が大きすぎて、私1人ではどうにもならなかった。弟に任せていた会社の金にも手を付けておって、親父が築き上げた事業をヤツらの手に渡すわけにはいかん。弟を罠にはめたのは、親父の代から取引があった所でな。親父も強引な手を使ったようで、その会社を倒産寸前までに追い込んだ。息子の代になって持ちなおしたが、積年の恨みと言うかな。うちの弟に目をつけた。また株に手を出して損失を抱えてる事も、ヤツらにとってはいいカモだった。弟の会社が買収されかけてる時に、美佐子(一美達の母親)が危なくなった。私だってそばについててやりたかった。だが、弟の会社の社員の生活がかかっているのだ。弟の仕出かした事で社員達を路頭に迷わせるわけにはいかん。私は‥」
中村先生は顎に指を当てながら言った。
「重篤の妻も気になるが、先代のツテを辿って会社の買収を止めたのか?先代のツテなら、もうお相手は相当な高齢だろうが。よく逢えたものだな」
理事長先生もうなづきながら‥
「それで会社が買収されるのが止めれたんだな?」
「なんとかな‥伊豆の竹下翁がまだご健在でな。親父とは戦友で、私の事も弟の事も可愛がってくれた。私は竹下翁に頭を下げてお願いしたんだ。翁のお力添えで会社の買収を阻止できたのが、美佐子が亡くなる2時間前だった。私は車を飛ばして病室に駆けつけたが‥間に合わなかった」
その時‥初めて親父さんの目から涙が一筋流れた。
中村先生と理事長先生が一美達に言った。
「この鬼の裕次郎さんだって血の通った人間だ。妻が重篤の時は本当は全部ほっぽりだして、そばにずっと居たかったと思うよ。でもな‥裕次郎さんの肩には立野グループ・その社員達とその家族の生活がかかっているんだ」
「臨終の場に居なかった事を君達が怒るのはもっともだ。でもグループの会長としての責務もある。裕次郎さんがその行動にでなければ、何千人もの社員達・その家族が路頭に迷うんだ。許してやってくれないか‥この男はそういう事は口に出すのが下手なんだ」
瑞穂さんは、両サイドにいる一美とさとの頭を腕で抱き寄せた。瑞穂さんの肩に頭をつけた一美とさとは震える頭でうなづいた。瑞穂さんは親父さんに言った。
「父さん‥あの当時はまだ私達は子供だったから怒ってしまったけど。今日‥その訳がわかって良かった。いいよね?一美・さと」
一美とさとは目をこすりながら軽く頭を上下した。3人の子供達に10年前の事を許してもらえた親父さんは、手の甲で瞼を押えていた。リビングのドアが開き、中村先生の奥様・百合子夫人が入って来た。持たれていたトレーには湯気の立ったコーヒーカップが並んでいた。
「ノド渇いたでしょう。コーヒーでも飲みましょう。裕さん‥あなたの好きなコーヒー豆ですよ。ね‥飲みましょう」
穏やかな笑顔を向けた百合子夫人だった。
一美がトレーからコーヒーカップを取り、俺の手に渡してくれた。
「‥‥美味しいですよ。百合子オバちゃまの入れたコーヒーは。カッジュ・スペシャルブレンドの先生は、百合子オバちゃまなの」
「うん。頂こう」
俺はコーヒーカップに口をつけた。コーヒーはとても美味しかった。一美のドリップするコーヒーも美味いが、上には上がいるもんだ。俺が美味そうにコーヒーを飲んでいるのを見て、目は赤かったが‥一美は嬉しそうだった。
俺はスーツのポケットに手を突っ込んで、アイスシートのパックを一美に手渡した。
「後で冷やせ‥頭痛薬も飲んでおけよ。ミラド先生から預かって来た。頭痛薬飲んでも治らなかったら、表通りのカフェでパフェ食べさせてくれるってさ。あぁ‥さともな」
一美とさとは嬉しそうに笑った。また瑞穂さんも口に手を当てて笑った。
親父さんは俺と一美達が笑うのを見ていたらしい。
「あの男は中々度量がありそうだな。藤村」
「うん。私は2年前からクゥ中佐を知ってるがね。今のは一美は素直でよく笑うだろう?日本に居た時はそんな一美は見たことがなかったな。いつも伏し目がちで、口数も少なかった。このファイン支部に来て一美を見た時は驚いたよ。いい顔して笑ってさ!中村先生も驚いただろう」
「驚いた驚いた‥日本での一美とは別人かと思ったよ。また素直になった‥日本では否定的な姿勢だったのに、物事を前向きに考える事ができるようになっててさ。俺達は聞きましたよ。何が君を変えたのか?って」
「それがあの男の存在か?」中村先生と理事長先生はうなづいた。
コーヒーを飲み終えた時に、一美が俺のカップを手に持って立ち上がった。
「お代わりもらってくるね。飲むでしょう?クゥ」
「うん。もちろんだ‥一美の入れてくれるコーヒーも美味いけどな」
「はいはい‥ありがとうございます」一美がリビングを出て行った。
中村先生が俺に灰皿を出してくれた。
「ありがとうございます。でも吸いませんので」俺は手を振った。
「クゥ中佐はヘビースモーカーだって聞いたぞ?」
「一美の話じゃ1日2箱吸うって。吸わないのか?」
「はい。タバコは入院中に一美に取り上げられました。病室は禁煙なのをいい事に『いい機会だから、禁煙しましょう』って。手持ちのタバコ2カートンと、スーツのポケットに入っていた2箱を取り上げられました。おかげで口寂しくて、一美が買って来たミントキャンディで口寂しいのを凌いでました」
さとが俺の手を叩きながら言った。
「最初はタバコ取り上げられてゴネたんでしょう?ゴネたクゥ中佐のご機嫌を治す為に、一美ちゃんは病院食の他に手作り料理を病室に毎日運んだんでしょう?それもクゥ中佐が好きなモンばっかり!俺‥アーノルド少佐から聞いたよ」
「またあの男は‥ベラベラと!さとッ‥おまえ調子に乗って根堀り葉掘り聞くなよ。わかってるな?しゃべったら、来週のランチバイキングは連れて行かないぞ」
「わ‥わかってますよ。もう聞かない!ッデェ」
後ろから一美に足でお尻を蹴られたようだ。
「アンタ何調子コイてるの?調子コキすぎたら、もう部屋出入り禁止・コタロウに逢わせない!あぁ‥大好きなクゥ兄貴もよ。わかってる?」
さとは一美が怖いのか、頭を腕でガードしたまま何回もうなづいた。
「一美!やめんかぁ。後で弟のさと君が、また部屋の隅っこで泣くぞ」
中村先生が助け舟に出たようだ。
「はぁい‥はい!クゥ‥お代わりだよ」
俺にコーヒーカップを手渡し、さとを手で押しのけて俺の横に座った一美だ。
「一美‥」
親父さんが一美を呼んだ。中村先生は一美に軽くうなづき、理事長先生は俺を指差した。一美は事前に2人に言われていたのだろう。軽くうなづき、親父さんの前に座った。また、一美の瞳は真っ直ぐに親父さんの瞳を見つめていた。
「先程の事ですけど、この場をお借りしましてご紹介させて頂きます。クゥ‥こちらに来てくれる?私の横に座って」
一美は自分の横を指差して俺に言った。
作品名:HAPPY BLUE SKY カッジュ新部署へ 2 作家名:楓 美風