[王子目線]残念王子
本当の気持ち
「すごい!!」
僕は思わず目を丸くして、女官を見た。
朝、僕が起きるのを待って現れた女官が手にしていたのは、昨日リメイクを頼んだドレスと羽織ものだった。
「徹夜?」
女官の顔をのぞきこむと、年配の女官は胸を張って豪快な笑顔を浮かべた。
「数日寝なくても、なんともないですよ!」
その逞しさに、僕の頬はゆるむ。
「大丈夫そ。」
冗談を言うと、容赦ない力で頭をはたかれる。
「お礼を言いなさい!」
「マル…。」
突然目の前に現れたマルを、頭をおさえながら見下ろす。
「…朝食の用意ができたので、お部屋へどうぞ。」
視線が交わるとすぐにマルは目を逸らし、また瞬時に消えた。
(不機嫌?)
いつものはりついた笑顔すらない無表情のマルは、いつも以上に視線の冷ややかさが際立っており、僕は首をかしげた。
「王子様、頼まれていたもう一着は夕刻までに仕上がりますよ。」
そんな僕の耳元に口を寄せた女官が、ニヤリと笑う。
僕は思わず女官をギュッと抱きしめて、頬をすりよせた。
「ありがとう!明日は休んでいいから、あとちょっと頑張って!」
「いや~ん♡頑張りますとも~♡」
産まれたときから仕えてくれている女官が、僕に抱きつきながら笑顔で応えてくれた。
僕は女官が仕上げてくれたドレスと羽織ものを片手に、自室のダイニングへ向かった。
結局、昨夜は客間で寝ることになったので一晩ぶりの自室だ。
部屋に入ると、マルがちょうど紅茶を淹れてくれていた。
「見てよ、マル!この装飾、すごくない!?小さいサイズのドレスを装飾で大きくしたんだよね!すごいなぁ!!」
僕が広げて見せると、マルが斜めにこちらを見た。
いつも通りの冷ややかな感情の読めない黒い瞳が、とたんに大きく見開かれ輝く。
珍しく口も開いていて、表情がキラキラしている。
「ね、綺麗だよね~。これを彼女が着たら、どれだけ綺麗になるのかな。」
僕は椅子へ腰掛けながら、笑顔でマルを見た。
すると、マルはハッと我に返り、鋭い氷のような目付きで無表情に言う。
「王子、主役なのに負けちゃいそうですね。」
僕はサンドウィッチを手に取ると、マルの口へそれを押し込んだ。
「あにふるんれふか!」
怒るマルが噛みちぎった残りのサンドウィッチを、僕は一口で食べて笑った。
「ははっ!マヨネーズついてるよ!」
そして親指で口の端を拭ってやると、マルの顔は赤い果実のように真っ赤になった。
「いつもおいしい朝食、ありがとう。」
ニコニコ笑いながらマルに言う。
すると、サンドウィッチを素早く咀嚼したマルが目を見開いた。
「…え?」
僕はもうひとつサンドウィッチを手に取ると、それに大きな口でかぶりついた。
「マルが毎朝、僕の朝食を作ってくれてるんでしょ?」
マルは答えずに、感情の読めない表情でジッと僕を見つめる。
「だって、マルしかこんなんやってくれないでしょ。」
僕は、サンドウィッチをパカッと開いてみる。
そこには僕が大好きなハムやウインナーなどは食べやすい形で大きめに、苦手な野菜は細かく切って食感や味がわからないよう調理して、挟まれていた。
マルは視線を逸らして、何も言わない。
でもその横顔と耳が、ほんのり赤くなっているように感じるのは気のせいだろうか。
「マルは気遣いが細やかだよね。言わなくても、僕の気持ちを汲んでどんどん色々やってくれるし。なんだかんだ厳しいけど、それも全て僕を思ってのことだし。」
僕は開いたサンドウィッチを再び閉じると、大きな口でかぶりつく。
「ん。おいしい!」
指についたソースをペロッとなめると、すかさずおしぼりを渡される。
「ありがと。」
言いながら、マヨネーズがついていたマルの口元も拭ってあげる。
すると露骨に嫌そうな顔をされ、僕は小さく笑った。
(今日は、ニセ笑顔が一度も出ないな…。)
「ごちそうさま!」
紅茶を一気に飲むと、僕はソファーへ移動して、本を開く。
「王子。」
僕が食べた食卓を片付けながら、マルが声をかけてくる。
「んー?」
本を読みながら返事をすると、マルが僕の足元に跪く。
そこにはいつの間に畳まれたのか、ドレスが綺麗にラッピングまで施されて置かれていた。
「この贈り物は、私が夕方お届けする、ということで間違いないですか?」
僕はチラリとそれを見て、すぐに本に意識を戻しながら答える。
「ん。」
「…王子…マントは銀色にされたんですか?」
「ん。」
「カナブンみたいですね。」
「ん。」
(…ん?)
生返事を繰り返していた僕は、慌てて本から顔をあげる。
すると、マルがしてやったり顔でニヤリと笑う。
(あ、笑った!)
「カナブン!?」
ようやく見れた、いつもの皮肉な笑顔が嬉しくて、僕は本を閉じる。
そして改めて、マネキンが着ている今夜の舞踏会の衣装を見た。
確かにエメラルドグリーンの衣装に銀色のマントは…カナブンかもしれない…。
「そもそもエメラルドグリーンの服が、趣味が悪いです。」
冷ややかな笑顔のマルに、バッサリと切り捨てられる。
「え~?」
「王子のその金髪とエメラルドグリーンの瞳に合わせたいなら、衣装は白がいいと思います。そしてマントをエメラルドグリーンにしたらどうですか。」
言いながら、マルはマネキンに手早く着せる。
そしていつの間に作ったのか、僕のお面をマネキンにつける。
「こうすれば、華やかなドレスのお嬢様方と踊るときに色がケンカしないですし、むしろお互いに映えると思います。」
「…たしかに。」
僕は顎に手を添えながら、大きく頷いた。
「ていうかさ、昨日の衣装合わせの時に言えば良かったのに。」
僕が抗議すると、マルはニッコリと冷ややかな笑顔を浮かべる。
(あ、出た!)
ついにいつも通りの目が笑っていないはりついた笑顔が出て、僕はすごく嬉しくなった。
「この衣装を選んで用意した女官がいる前で、そんなこと言えません。」
(たしかに。)
「気まぐれなピーマン王子が、一晩で気が変わったってことにすれば、女官もそこまでムカつきはしないでしょ。」
(久しぶりに聞いた…ピーマン王子。)
「…ん。わかった。」
僕はマルにニコッと笑い返すと、再び本へ意識を戻す。
マルはそんな僕のサイドテーブルに、そっと冷たい緑茶を置くと静かに部屋から姿を消した。
それからどれくらい経ったのか…喉が渇いたのでサイドテーブルの緑茶に手を伸ばすと、それはいつの間にかジャスミン茶にかわっていた。
そしてクッキーまで添えられている。
(マル…。)
窓もいつの間にか開け放たれ、爽やかな風がカーテンを揺らしながら入ってくる。
風が吹くたびにジャスミン茶の香りが部屋に広がり、僕は背伸びをしながら大きく深呼吸をした。
(こういうところなんだよな~。)
「マル、いただきます。」
僕は呟くと、クッキーとジャスミン茶をゆっくりと堪能した。
そして、陽が傾いてきた頃。
僕は、大勢の女官たちに囲まれていた。
「突然のお衣装替えだったから焦りましたが、きちんと手直しもされていて驚きました。」
作品名:[王子目線]残念王子 作家名:しずか