目覚めると…
<4> 終章
私はそのまま1週間入院した。私が目覚めてから院長先生が神戸の母に連絡を入れてくれたようだ。
母は翌日朝一の新幹線で上京した。直樹が東京駅まで母を迎えに行ってくれた。
母はセカンドバックを持ったまま、私のそばに来た。私は条件反射で眼をつぶった‥母が無言で近寄って来る時は「怒りモード」の時だ。頭を叩かれると思ったから‥私は身を硬くして受け止める体勢を取った。頭を叩かれると思ったのに‥
母は、私の頭を抱きしめた。
「な‥何で連絡せんのぉ‥こんなになるまでガマンしてぇ。アンタはぁ‥小さい頃から全然変わってないやないの。おかぁちゃんどれだけ心配したと思ってるん‥アンタに何かあったら‥死んだおとぅちゃんに顔向けができんわ」
また、パジャマの肩に温かい感触が伝わった。母の涙だった‥ また私の目からも涙が溢れていた。
母が上京してから、私は見る見る内に回復した。あれこれと私の世話を焼き‥直樹の世話も焼いた母だった。
ベッドで私は‥ソファで洗濯物をたたんでいる母に言った。
「おかぁちゃんがね‥夢の中にでてきたんよ。それも眠る度にね」
母は私に顔だけ向けて言った‥
「私もや‥かれこれ1ヶ月前かね?夢の中にアンタが出てくるんやけどね‥いつも泣いてるか‥眉間にシワ寄せて難しい顔してるんや。私がどーしたん?って聞いてもアンタは首を振るだけ。電話して聞いてもよかったんやけど。元々意地っ張りやから、聞いたら余計に答えへんと思った。もっとはよう‥電話するべきやった!院長先生から電話もうたときどれだけ心配したかわかってますのか?美咲」
「あかんね‥私はいつまでも子供で‥おかぁちゃん‥ごめんね」と母に頭を下げた。
「ホンマや!お姉ちゃんのクセに美菜より子供で困りますわ。ま‥許してあげましょう。可愛い年下の彼氏もいてるし!直ちゃんかわいいわぁ。私が作る料理を「おいしい」って残さず食べてくれるしな。美咲ぃ‥これからは帰っておいでぇ。アンタが生まれ育った家にな‥東京にいててもあの家はアンタの家やで。な」
私の頭をまたなでてくれた母だった。
「もう怒ってないよ‥おかぁちゃんはね」
また母は‥こうも言った
「アンタがクリニックでどれだけ一生懸命仕事してたか、院長先生と真野さんから聞いてるぅ。院長先生がな「大島は頑張り屋さんですけど、意地っ張りですからね。助けを求める事をしない‥それが返って上司との間に溝がデキてしまったみたいです。大島も悪いです‥お母さん東京に居る間に娘に言い利かせて下さいねって言ったわよ」
「うん‥そうやと思う。私がガマンするから‥自分で何とかせんとあかんと思って頑張るからこんな結果になったんだよね」
「そうやで‥直ちゃんだって悪い所はある。でもな!アンタがいけませんの‥直ちゃんに何で相談せんの?直ちゃんかてアンタがそんな風にするさかい!意地にもなるんです‥わかりましたか?長女の美咲さん」
「はい‥心改めます。クリニックの事も直樹さんの事もね‥おかぁちゃんありがとう。夢の中でおかぁちゃんがいつもでてきたのは‥こうやって叱ってもらいたかったんだね。私」
「はいはい‥いつでも叱ってやるから。チョクチョク神戸に帰っておいで‥直ちゃんも連れて帰っておいで」
そして私は、退院してクリニックに出社した。院長先生にご挨拶をしてからオフィスに行った。
上司が私の顔を見て‥言葉を探しているようだった。私は‥軽く息を吐いて上司のデスクに向かって歩いた。
「この度は申し訳ありませんでした。私が取った行動で不愉快な想いをさせてしまい、またご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ありませんでした。事務長にも後でお詫びさせて頂きます」と深々と頭を下げた私だった。
「お‥大島さん。私の方こそすみませんでした‥私は自分でもわかっていたのよ。この頃の私は自分でも感情のコントロールがデキない時があって。本当に申し訳ありませんでした。あなたが仕事に対してはいつも一生懸命なのはわかってるわ。入社した時から私が指導教育してきたんですもの。でもね‥あなたは」と話し出した上司だった。
上司の言った言葉は‥母と同じだった。母は病室で言った言葉は‥
「アンタは何もかも1人で抱え込んでしまう。時にはソレが回りの迷惑になってるのわかってるか?社会人10年してソレもわかりませんのか?しんどい時は弱音吐いてもエエのちゃうの?周りに助けてもらって何が悪いのぉ‥雨降って地が固まるってあるでしょう。昔の諺(ことわざ)で」と‥
私は上司の話しを最後まで聞いてから、口を開いた。
「今度は‥手が回らなくなったり困ったことがあったら。橋本チーフ(上司の名前)に甘えていいですか?入社時みたいに「純ちゃんチーフ」ってヘルプ頼んでいいですか?大島も30超えたんで身体がキツイですから」
「‥ったくもぉ!アンタはそうやってね!いつもぉ‥私に甘えてたわね。そう言えば‥いいですよぉん。純ちゃん前チーフがちゃっかり者の美咲っちのヘルプ喜んで受けてあげるわ」と笑って言ってくれた。
そして、それからは上司とコミュニケーションも取りながら‥ヘルプ要請もしながら仕事をした私だった。私と上司の間の溝は良い形で埋まった。
それから、半年後に私と直樹は結婚した。結婚して初めて神戸の実家に帰る事になった。新神戸駅のホームに直樹と共に降り立った。11年振りに今度はしっかりと自分の足でホームに降り立った私だった。もう夢じゃない‥本当に帰って来たんだ。
直樹と二人で、実家に向かう坂を下った。その坂は桜の木が南北に渡って植えられていた。
「おぉ‥コレが美咲が言ってた桜並木か」
「そうだよん。ココが一番キレイなんよぉ。東京もキレイだけどココが一番好きやのぉ。私」
「うん‥東京も綺麗な所あるけど。ここには負けるね!美咲ぃ‥美咲のしゃべる神戸弁もいいね!俺もマネしよう」
笑った直樹だった。
実家の玄関の前に来た私は‥表札に手を伸ばした。
「大島」と書かれている字を指で触っていた。
「美咲‥おかぁちゃん待ちくたびれてるぞ。いつまでもそんなことしてたらさ」
「だね!うん」
私は玄関の引き戸に手をかけて‥
「ただいまぁ!おかぁちゃん!帰ってきたよぉ‥美咲と直君が」
声を出して、玄関の引き戸を開けた私だった。 (終)