書下ろし新作「空蝉の恋」 第一話
「なんだその若い恰好は?恥ずかしくないのか!」
って、真顔で言うのだ。
世間に対して、奥さんお若いですねと思われるのがイヤなんだそうで、それは褒めているのではなく、バカにされていることなんだからと語気を強める。
確かに自分にないものを世間は羨ましがるから、同じ年齢でも明らかに違う容姿に対しては、心から褒めるのではなく、浮気しているんじゃないの?とか、整形でもなさったの?とか、含み笑いで中傷するのだ。
私は夫からは何も言われないけど、仕事先の同僚とか上司の方からは、「奥さんとてもお若くて美人ですね」と言われることが多い。
そのたびに恥ずかしい思いがする。お世辞だと解っているからだ。
でも、娘を見ていて、自分の若い頃とそっくりだから、やはり自分もこんな年齢だけど、世間的には若く見られる方だろうと、いや、少しは可愛いかも知れないと心の底では思っているのだ。
高校生の時に好きな人が出来て付き合いはしたけど、身体を求められて、それが嫌で別れる羽目になった。それは社会人になっても同じように振る舞い、「子供じゃないだろう?」という侮蔑も言われた。
夫は真面目で結婚するまで一切手を触れなかった。
それが安心と信頼につながって、結婚を決意した。30歳を迎える誕生日の前日に結婚式を挙げた。
娘が生まれて、夫は転勤が続き、夫婦一緒の時間は少なくなっていた。
二人目が出来なくて、40歳を迎えた頃には夫婦の関係は無くなっていた。
夏の暑い日が誕生日である。
今年は夫が転職したので、忙しく、盆休みも無くなっていた。
バイトの休みを利用して娘と一泊で旅行に出掛ける。こんなことも、夫のお蔭だ。
悪いことばかりではない。
専業主婦は夫からの命令なので働きには出れない。
その代わり、家のことをやっていればお金はある程度自由に使えた。
旅先で娘と一緒にお風呂に入った時、気付いたことがあった。
身長・体重はほぼ一緒なのに、全体にだらしなく見える自分のお腹周りとか、
太ももとか、背中に恥ずかしさを覚えたのだ。
娘は何も言わなかったが、そんなことで争っても仕方ないことだと思えても、
何とかしたいと思う女心があった。
帰ったらスポーツジムへ通おう、夫にも了解してもらって、そうしよう。
私のこの思いが、やがて思いもよらぬ方向へと導かれてゆくことを、このときは知らなかった。
作品名:書下ろし新作「空蝉の恋」 第一話 作家名:てっしゅう