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てっしゅう
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書下ろし新作「空蝉の恋」 第一話

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空蝉とはセミの抜け殻のこと。この世のむなしさを表す言葉としても用いられる。
平凡な人生で人は終わってゆく。非凡である人生を送っている人は平凡を望む。そして、平凡な人生を五十年も送っていると、ときに気持ちが揺らぐことに出くわすのだ。

その日、夫は帰ってくるなり真面目な顔で私に言った。

「佳恵(よしえ)、聞いてくれ。ずっと考えていたことなんだが、決めたんだよ」

夫の内田春樹は55歳、私佳恵は50歳のまだ肌寒さが残る3月の下旬。いつも仕事から帰ってくると自分の部屋に入って、食事の時まで出てこないのが、今日は直ぐに私を呼びつけてダイニングテーブルに腰かけていた。

「なんですの?珍しいですわね」

「そう言うなよ。お前知っているだろう、おれの会社のお得意様の山田商会の専務?」

「ええ、もちろんですわ。ニ、三度ご一緒にお食事させて頂きましたわよね」

「ああ、その専務が一年ほど前に山田商会を退職して自分で会社を立ち上げていたんだよ。橋本さんだから橋本商会という名前でな。それで、その当時からおれに声をかけてくれていて、一緒に会社を手伝って欲しいと頼まれていたんだよ」

「あら、そんなことでしたの。知りませんでした。今は社長さんになられているんですね」

「うん、規模は今の会社と比べ物にはならないけど、ある独自の製品を独占販売するらしいから、人出が要るとここの所誘いが熱心だったんだよ。おれも55歳だし、早期辞職で退職金を上乗せできる制度を利用してこの際橋本さんに付いて行こうかと思うんだ。そのことを了解して欲しいと話した」

「はい、あなたの人生ですもの。お考えの通りになされたら良いと思います」

「そうか、ありがとう」

「まあ、ありがとう、だなんて、ホホホ~珍しいお言葉ですわ」

「イヤミ言うなよ。しばらくは給料が下がると思うけど、我慢してくれ。洋子の学費だけは何とかするから安心しろ」

洋子とは一人娘で今年大学に入学する。
私は30での晩婚だったので、まだ娘はこれから大学に入学という時だった。
夫は四月に入って正式に今の会社を退職し、橋本商会へ専務待遇で入社した。

大学生になった洋子は私に似ていて誰からも可愛いと言われる自慢の娘だ。お世辞でも私も娘と居ると、姉妹ですか?などと時々言われる。
夫は私が娘のお古の洋服なんかを着ていると注意する。