俺はキス魔のキッシンジャーですが、何か?【第一章・第一話】
大悟は頭で机を掃除しながら、抗弁していた。
教師は大悟の席に走って行き、『ドン』という音を立てて、右足を乗せた。通称『机(き)ドン』。大股を開いているんだから、大悟が少しでもスカート奥部分に視線を向ければそこには成熟女子の花園が待ち構えている。
「うりうりうり。見ろ、見ろ、見ろ、見ろ~。」
教師は足の筋肉に血液を集めたのか、太股あたりが真っ赤になっている。
「しーん。」
大悟は無言で、机に高句麗好太王の碑文でも書かれているかのように、光沢のある板を眺めている。
「そりゃ、そりゃ、そりゃ、そりゃ!」
教師は大悟を親の仇のように挑発しているが、大悟は微動だにしない。
「やっぱり駄目ね。今日も完敗だよ。」
「ホームルーム時の逆セクハラ日課はもうご勘弁ですよ。」
「そう。今日も残念だよ。先生も早くパンチラコンプリートして、天に昇りたいのに。」
「先生。精神構造はすでに天を超えていますよ。」
「ひっど~い。宇佐鬼君。もうどうなっても知らないからね。先生にセクハラしておけば楽に死ねたものを。もう遅いよ。へへへ。」
教師はこれまで以上に淫靡な笑みを浮かべている。一旦教壇に戻り、新緑の森林で深呼吸でもするように、スーッと大きく息を吸った。すると、教壇から降りて、生徒の方に動き出した。
「今日から先生のポジションをシフトしちゃうよ。」
「ま、まさかこっちに座るんじゃないですよね。」
「その、ま・さ・か、よ。うれしいでしょ?」
女教師は空いていた机に腰掛けた。そこは大悟の席の前である。
「うれしくなんかない。いい加減にしてくれ、桃羅!」
「いいじゃない。実の兄妹なんだから、教師とか、生徒とか関係ないよ。飛び級だけじゃ、お兄ちゃんのクラスメイトになるかどうかもわからないし、座席も自由に選べないから、さらにチャレンジして、教員試験も受けて教師になったんだから。教師の権益を限界まで行使するよ。」
桃羅の学力は飛び抜けており、一気に教師就任まで駆け抜けたのである。学力に関しては天才的である。だが、そういう人種は往々にしてどこかの常識に欠けてしまう。人間の能力はバランスよく神に構成されているのである。
「じゃあ、授業を始めるよ。宇佐鬼君、いや面倒だからお兄ちゃんで統一するね。お兄ちゃんも家と同じく敬語不要でいいよ。さっきもタメ口きいてたし。」
「お願いだから、やめてくれ~!」
「教師権限でやめないよ。うふっ。では授業を始めちゃうよ。お兄ちゃんが狂喜乱舞する個人授業を開始するね。英語からだね。」
桃羅は机に後ろ向きに座っているので、大悟を真正面に見ている。
「これじゃ、まるでお見合いじゃないか!」
「さすがお兄ちゃん。よくわかってらっしゃる。内申書に百点満点をつけるよ。有名大学推薦レベルアップアップだよ。」
「アップアップですでに転覆してるよ。そんな点数いらねえよ。」
「まあまあ、遠慮されずに、なんなら大サービスしちゃうけど。チラッチラッ。」
立ち上がって、スカートをさかんに開く桃羅。大悟が完全スルーを決め込んでしまったので、諦めたのか授業を開始した。
「わかったよ。お兄ちゃん、ここを読んでね。」
大悟はほくそ笑む桃羅を見て、諦めたのか、深く溜め息をついてからリーディングの教科書を読み始めた。
「アイ、ラヴ、マイシスター、ベリーマッチ。なんだこりゃ。」
「正解だよ。よくできました。」
「これは中1レベルじゃねえか。」
「お兄ちゃん。授業中に愛の告白は困るよ。てへッ。」
悪意に満ちた桃羅の笑顔に、大悟はなすすべなしであった。
しかし、教師桃羅は教室中に聞こえるように大きな声で話して、しっかりと授業はやってのけた。タダモノではない。結果を残しているからこそ、クビにもならずに教師を継続できている。
この日の授業はすべて桃羅が担当であった。一方、大悟は顔を机にこすりつけてなにやらぼそぼそとつぶやいており、明らかに疲労困憊していた。
「アタシには桃羅ノイズは効かないんだけど、こうして遠慮して、大悟と距離を取るのはいいことなのかしら。」
ぽつりと呟いた楡浬は一日中、溜息をついていた。
作品名:俺はキス魔のキッシンジャーですが、何か?【第一章・第一話】 作家名:木mori