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俺はキス魔のキッシンジャーですが、何か?【序章】

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ここはとある学校の校庭。涼しげな瞳を覆う金色縁の四角い眼鏡。黒い髪は芯の強い男子の心を表現するように、尖った先を四方八方に向けている。精悍に鋭角なる顎。少々浅黒な肌が異性を引き付ける。


赤いブレザーを纏ったイケメン男子は、何かを背負った状態で、5メートル手前にいるおさげ髪の女子高生に対して、獲物を狙う鷹のように睨みつけている。そして大きく息を吸って、声帯を激しく鳴らした。


「お願いだ。オレにキスさせてくれ~!」


「キ、キ、キ、キス魔のキッシンジャーだわ。誰か、助けて~!」


 眼鏡男子は悲鳴を上げる女子生徒を捕らえて背中に手を回し、貪るように愛らしい唇を奪取した。女子生徒は声も出せず、気を失った。


「これは違う。明らかに罹患していない。別の『喰疑者(ダウト)』を当たらないと。」


 眼鏡男子は近くにいた制服姿の女子を次々と捕らえては、悲鳴と平手打ちの抵抗をモノともせず、キスの嵐で手篭めにした。結果、10数人の女子が土左衛門のように横たわる結果となった。


 そして、怯えるショートヘアのおとなしそうな女子生徒を抱き寄せてその唇を奪った時に、目を瞑って穏やかな表情となった眼鏡男子。


「うん。この口の中に広がるテイスティー。添加物を使わない砂糖独特の強くて柔らかい甘さ。間違いなく『饅頭人』だ。今日ひとり目の被食者を確認したぞ。」


 眼鏡男子が満足げに紺色制服の女子高生を眺めていると、やや茶色がかった後ろ髪に強い空気の塊が当たった。


「大悟。その子が喰疑者ってわかったなら、早く浄化しなさいよ。何モタモタしてるのよ。エロいことの余韻を心行くまで堪能してるんでしょ。きっとあんたの大脳は性欲処理以外の皮質ゼロだわ。このヘンタイ破廉恥キス魔!」


「ヘンタイ破廉恥と呼ぶのはやめてくれよ、楡浬(ゆり)。オレだって、好きでこんなことをやってるんじゃないんだぞ。」


「何ムカつく言いわけしてるのよ。ヘンタイ破廉恥キス魔。大事なことだから2回言ったわ。巷では、『キッシンジャー』と呼ばれて女子たちに恐れ、嫌われてることをちゃんとわかってるの?」


「キッシンジャーって、国際紛争解決で奔走した昔のアメリカ国務長官みたいでカッコいいじゃないか。ってそうじゃねえ!これはただの職務遂行なんだからな。それに背中から大声出すの、やめてくれる?耳にタコどころか、ダイオウイカができてしまうぜ。」


 大悟は首の回りにある二本の白い腕越しに視線をやった。そこには金色ツインテールの髪を白いリボンで留めているかなり小柄な少女。微妙に吊り気味の黄色の瞳。大悟と同じ色のブレザーを着ており、プリーツスカートが軽い風に煽られている。楡浬は大悟の後頭部に、ひたすらクレームを付けているシチュエーションをキープ中。


「何くだらないこと言ってるのよ。その減らない口に饅頭でも詰めこんでやろうかしら。饅頭。言葉にするだけでもコワイわ。さあ浄化スイッチを入れるからね。えいっ!」


「おう。・・・。何も感じないんだけど。またガス欠か。いやガス欠どころか、タンクがないんだもんな。」


「し、失礼ね。この大政翼賛会のように大きな存在を見なさいよ。ほら。」


「自分の背中が見える人間は存在しないぞ。首を支える胸鎖乳突筋の強靭さをなめるんじゃねえ。『おんぶズマン』のスイッチ起動はまだか。昼寝しちまうぞ。」


「さっきからずっと押してるんだけど。どうして大悟の背中は反応しないのよ。この保証期間を過ぎた欠陥品スイッチが悪いのよ。」


「オレのせいじゃねえ。起動しないのは、押しボタンが凹みボタンだからだろう。もはや発展途上じゃなく、後進国へのカテゴリー変更を申請しろよ。」


「ア、 アタシだって、一生懸命やってるんだからね。もっと勢いを付けないと。」


 楡浬はさかんに自分の薄い板を大悟の広い背中に押し付けているが、さざ波すら立っていないのがよくわかる。やむを得ず、楡浬は大悟の首に回していた腕を肩に乗せて半立ち姿勢となった。昔のデパートの屋上にあったゾウさんのロデオマシーンのように激しく動いた。その反動で大悟が後ろ向きによろめき、足元を滑らせて、意識を失って倒れていた女子と合わせて三人がサンドイッチとなった瞬間、楡浬と大悟が完全密着した。


「おおおお、来た~!高熱魔法スイッチオン。」


 ふたりから四方八方に光が発せられ、太陽のように輝いた。その光はいちばん下の女子をも包みこんだ。大悟の魔境放眼が楡浬の熱魔法の力を極限まで高めたのだ。魔境放眼は魔法術者の力を増幅させる装置であり、大悟の胸のペンダントに封印されている。


『シューシューシュー。』
 おさげの女子高生からは蒸したてのあんまんのように湯気が立ち上がった。


「やっと終わったわ。ほんと使えない魔法伝家ねえ。これだから人間はダメなのよ。」


 背中から降り立った楡浬にはコスプレーヤーにしかないモノが二本あった。白いもふもふなウサミミである。


「使えないのはどっちだ。楡浬こそ、地獄の閻魔継承候補者という肩書きが、土下座して候補という文字をデリートしてくれって頼んでいるぞ。」


「うるさいわね。この役立たず魔法伝家!政府からの依頼がなければとっくに『おんぶズマン』なんかやめてやるんだからねっ。」


「こっちこそ、おんぶズマンどころか、『許嫁』という犬の餌にもならない無価値な称号を返上させてもらうぞ。」


『ぷにゅぷにゅプシュー、ヒンニュ。』


 楡浬と大悟の口げんかに割り込みするように、ふたりの携帯が同時に鳴った。しかも非常に奇妙な着信音で、楡浬は露骨に顔を顰めた。


『大ちゃん、楡浬ちゃん。饅頭人が出たのとの報告があったよ。至急現場に急行してふたりで協力して喰疑者を浄化しちゃってね。でも一線越えちゃダメだよ。』


「誰が越えるか!また何の脈絡もない連絡だな。完全にパシリ扱いだな。」


「ホント、人使いが荒いわね。協会ってどうしてこうなのかしら。あくせくしてて余裕がないわ。政治が安定しないのはこのせいね。」


 ふたりはおんぶズマン態勢を維持しつつ、走って行った。


「あれ?移動時間もこんな恰好しなくちゃいけないんだっけ?」


「当たり前でしょ。セレブなアタシに雑菌だらけの穢れた道路を踏みしめろって言うの。純情可憐なローファーが泣きだすわよ。」


「無機物に人格を与えるなよ。」


 ふたりが行った先では『オレにキスさせてくれ!』という懇願の声と『キッシンジャーだわ!』『このヘンタイ破廉恥キス魔!』という怒号の嵐が吹き荒れていた。


 楡浬の出身地の地獄と言えば荒涼として暗い世界のイメージがあるが、それは辺境地域であり、町や村が普通に存在することは人間界と同じである。但し、地獄は地殻の下に大きな溶岩流が流れており、かなり高温であることが人間界と大きく違っている。


大昔、地獄の鬼たちが人間界を支配していた。硬い角を持つ屈強な鬼たちは人間の魂と肉体両方を生贄という名の食糧としていたのである。