孤独の行方
第一章 緒方真一(一)
緒方真一、三十歳――
自分は何のために生きているのだろう?
真一はこの思いをずっと抱えて生きてきた。
ごく普通の家庭に育ち、会社員の父と専業主婦の母、五歳上の姉は嫁いで幸せに暮らしている。自分も健康に恵まれ、システムエンジニアという希望の職に就き忙しい日々を送っている。すべてがうまくいっているはずなのになぜか心が満たされない。それどころか油断をすると何かに足を引きずり込まれそうな恐怖さえ感じる。
いつの頃からだろう? 思春期を迎えた頃から、その思いは芽生え始めた気がする。
最初、自分はどこかみんなとは違うのではないかと感じた。友人たちが異性に興味を持つ姿が奇異に映った時だ。まったくばかげたことで理解ができなかった。もちろん同性に興味があるというわけでもない。要するに他人に興味が湧かないのだ。と言っても友だちがいないわけではなかった。当たり障りのない付き合いは普通にしてきた。当然、親友と呼べる友だちはできなかったが。
根暗とかネガティブなどという言葉が敬遠される風潮の中、真の姿を隠し、極力普通を装って生きてきた。いい息子、いい弟、いい友人……でも本当の自分は人のことなどどうでもよかった。いや、自分のことさえどうでもいいのだ。だから結婚もしないし、恋人も作らなかった。
きっと自分のような人間が新興宗教にのめり込んだり、海外の紛争地域の兵士になったり、普通の人とは違う世界で生きていけるのだろうと思ったりもした。でもそんな思いとは裏腹に、今日もいつものように満員電車に乗って会社へと向かっていた。
車内は、朝から覇気のない通勤客が、ただ決められたスケジュールの過程をこなしている空気が蔓延していた。その中で学生たちだけがその若さゆえ、見えないエネルギーを放出している。
真一はふと、昔読んだマンガが頭に浮かんだ。特殊な能力を持った少年は、人の頭の上に蝋燭(ろうそく)が見えた。その蝋燭の長さがその人の寿命を表している。街を歩くと、行き交う人々の頭上にそれぞれの蝋燭が立っている。勢いよく燃える蝋燭の人もいれば、弱々しくたなびく炎の人もいた。そして、今にも燃えつきそうな短い蝋燭の人も……
今この車内の人たちの炎は勢いよく燃えているとは思えなかった。もちろん自分も。かろうじて学生たちだけが力強い炎を燃え上がらせていることだろう。そういえばそんな恐ろしい能力を有した主人公の少年は、鏡に映る自分の姿を見ることができたのだろうか? そんな疑問が頭をよぎった時、電車は降車駅に着いた。
その日、仕事帰りに同僚たちから飲み会に誘われた。行きたくないがもちろん断ることはしない。
自分が人とは違うということを自覚している真一は、普通を装うために極力流れに逆らわないようにしてきた。美味しくもないビールを飲み、面白くもない話を笑い、いつものようにただ無意味な時間を過ごした。でも、おそらく誰もが真一をいい同僚、いいやつだと思っているに違いない。何を考えているかわからないやつだと思われることを真一は何より恐れた。
帰りの駅では酔っ払いが目についた。よろよろとホームを歩く姿ははた目に見ても危ない。駅員に注意をされている乗客もいた。
たとえ素面であっても、ホームの端に立つと吸い込まれそうになる時がある。人身事故で電車が遅れているというアナウンスを聞くたびに次は自分のせいで……という想像が真一の頭を駆け巡る。自分は寿命で死ぬのではない、そんな気がするのだった。