晴天の傘 雨天の日傘
「差すことが、ないのですか?」
快晴は言葉の意味が分からないまま店主から手渡された水色の傘を受け取った。
傘というものは雨をしのぐものだ。今手にした折り畳みの傘。実際に手にしてみれば、やっぱり強く丈夫にできてはいない。無いよりましかもしれないが、傘は差さなければただの長物でしかないではないか。
「はい。差すことは、ないのですよ」店主はなんの疑いもなく返事をして続けた。「この傘は、持っていると雨が降らないのです。なので、差すことがないのです」
快晴は疑いの目で店主を見るも、彼の目には微塵の嘘も感じられないどころか、なぜかその手に言葉に反論をすることが全くできず、動かぬままに徒に時間が経った。
「いかが、されますかな」
本当かどうかを考えるより、店主の説明を信じてこの傘を買うことに疑問はなかった。
快晴は値段を聞くと、二人でスタジアムで試合を観るのと変わらない程度の、後悔しない額だったこともあり「差すことがない傘」を買うことにし、店主から手渡しされた傘を受け取った。
「もし、お気に召さなかったらまたおいで下さい」
快晴はテンポの遅れた心のない返事をして半信半疑で店を出た。
* * *
快晴は三猿堂の前のひさしの下で、流れ行く往来を見ながらもう一度記憶に問いかけてこの町を脳内で散策してみたが、やっぱり三猿堂という店が以前にあったかどうかが思い出せない。身なりの整った店主と洗練された対応は、間違いなく長いこと客対応をしてきたそれで、自分が生まれる前からあったような気さえする。
俺は、騙されているのだろうか――?
快晴は手に握っている、さっき購入した傘を見つめた。
「本当にこの傘は、差すことがないのか――?、ん」
目線は傘に向けていても、明らかな変化を視覚意外の感覚で反応した。
雨の音がしない、そして雨の匂いもしない。
快晴はおそるおそる頭を上げて周囲を見たその瞬間、快晴の思考回路が今日一番長く停止した。
「マジか――」
さっきまでの強い雨が止んでいるのだ――
作品名:晴天の傘 雨天の日傘 作家名:八馬八朔