晴天の傘 雨天の日傘
「あれ、誰だったかな――」
快晴は記憶を探った。根拠は今検索中であるが、彼女は快晴の知っている人だ。
彼女は一人、店の手前の席に座ると、快晴の視線から左斜め後ろ姿が少しだけ見える。気になって度々視線を彼女に向けるが、幸いなことにあちらからはこの位置では気付かれないようだ。
「ああ、思い出した。『サイドの天野さん』だ」
確か、彼女は同じ中学で自分の弟の同級生で天野実雨(あまの みう)という名前だ。
彼女は二学年下で、中学の頃快晴と同じサッカー部にいた。快晴が中三のときに女子サッカー部がないからと理由で入って来たが、男子に負けないむしろ凌駕するほどの身体能力とポテンシャルがあって、実際にクラブチームからの勧誘もあった将来性のあるアスリートだった。彼女はフォワードで、快晴はバックスだったので何度かマッチアップになった。快晴自身もかなり練習してきたから技術は持っていたのに、二学年下の女子に何度か抜かれた記憶がある。
しかし、風の噂で聞いたことだが高校に上がって突然サッカーを辞めたのだ。
それから快晴は高校でもサッカーを続けていたが、サイドで試合を観に来ている彼女の姿を度々見掛けた。だから印象に残っているのだろう。
彼女はサッカーに未練があるのか、いや、彼女の姿を見たのはいつも雨の日だったから、客の中でその白い肌がやけに目立つからか、とにかく彼女の存在はなぜ彼女はサッカーを辞めたのだろうと連想させるくらい印象に残っている――。
だからといって親しく言葉を交わしたことがあるわけでない。部員の数が多くレギュラーを取るだけで必死だった、つまりは仲間を蹴落とさなければ上がれない世界で、将来有望といえど行き着く先が違う女子プレーヤーに構う余裕なんてなかったからだ。
そして、高校を卒業して快晴もサッカーを離れます彼女についての記憶はそれっきりだ。
だから今この場で声をかけたところで、彼女は快晴のことなど昔一緒のチームにいた大人数の一人で分からないだろうし、話が広がるとは考えにくい。
「まあ、いいか――」
快晴は視線を雨降る外に戻して、コーヒーを一口飲んだ。
彼女も快晴と同じ附属の中高だったから、順当に内部進学していれば彼女は大学三年生だ。数年ぶりに見かけた姿に快晴の心は今日一番に落ち着けた。
懐かしい人を見かけて、まだ純粋だった少年の頃の自分と昔話をすることで快晴はその場を満足することができ、時間だけが過ぎていった。
作品名:晴天の傘 雨天の日傘 作家名:八馬八朔