晴天の傘 雨天の日傘
六 雨は、上がる
定時を告げるオルゴールがBGMに割って入るように流れた。前に座る快晴を見ると、窓の外を見て色とりどりの傘が動き回っているのを見つめながら何か考えているように見えた。
それから少しして快晴はこちらを向いて、どこか割り切った様子で実雨の顔を見た。
「天気――、良くないけど、やっぱ試合見に行くよ。今からなら間に合いそうだし」
BGMの曲調が変化すると一瞬の間が生まれ、実雨はその中にわずかな隙間が見えた。それは中学の頃、目の前の快晴をサッカーで抜いた時と同じ、なかなか見せてくれない中で一瞬だけ光ったように見えたそれのようだった。
「じゃあ、私も見に――行こうかな」
実雨がそう返すと、快晴は不意を突かれて一瞬止まるのが実雨には見えた。
「でも、今日は降ってるよ。友だちも、これないんでしょ?」
「まあ、そうですけど」実雨は今しか言えないことが頭にパッと浮かんだ。言わなければ後悔するし、今これを言わなければならない――実雨は迷わなかった。
「でも、雨は上がると思うんです」
思い切って言ってみた。それから快晴の顔をチラッと見ると、彼は少し驚いた様子を見せて、時間を使って次の言葉を探すようなしぐさを見せた。
そして、快晴の口から出た返事に、実雨の思い切りは発した言葉の意味以上に何かが切り開かれたような気がして、思っていることを表に出さないようにゆっくりと頷いた――。
「天野さんも見に行くのなら、一緒に行こうか」
* * *
二人は店を出た。階段を下りてひさしの下から往来を見ると、誰もが傘を差している。実雨は横にいる快晴を見ると、この天気なのに傘を持っていない。
「まだ、降ってるね」
実雨は快晴から目をそらし、腕に掛けた日傘に目が止まった。
庇に雨が当たる音が声を大きくさせる。実雨はこれまでにあずかった恩恵とこれから得られる、若しくは得られないかもしれないものとを秤に掛けてみた。一瞬の躊躇はあったが最後に出した答えに迷いはなく、目線を傘から快晴に移して、まっすぐに彼の顔を見つめた。
「この傘をさせばいいじゃないですか」
快晴は実雨の言葉ではなく、その表情に引き込まれ言葉を返すのに一瞬戸惑った。
「でも、それは日傘だよ」
「――いいんですよ」そう答えて実雨は微笑んだ「これは日傘ですから、差すと晴れるんですよ」
「えっ?」
「冗談ですよ。冗談です」
実雨は微笑みながらぎこちない手つきで持っていた傘を開くと、片方の手で快晴を手招きし、一拍を置いて大きく息を吸い込んだ。
「そこまでですから、入って下さいよ」
二人の間に出来た一瞬の間。それを快晴が小さく頷くことで打ち破り、実雨の鼓動はその停止のあと急に動き出すのを感じた――。
作品名:晴天の傘 雨天の日傘 作家名:八馬八朔