晴天の傘 雨天の日傘
実雨が店の戸を押すと、カウベルの音がカランと鳴った。中からコーヒーを煎る香りとジャズのサックスがゆるりと入り、実雨の耳と鼻を包む。
「いらっしゃいませ」
店員の声を聞いて周囲に目を配ると、今日はいつもより混んでいて賑やかな様子が視覚に入ってきた――。
「今日は、いっぱいですか?」
「そうなんです」実雨が声を掛けるとすまなさそうな返事が返ってきた。
「相席でしたら、ご用意できるのですがいかがしましょう?」
実雨は店員の提案をひとまず頭にいれて、そこで会議を始めた。相席でいいのか、若しくは街の散策に出掛けるのか。ふと感覚が自分の腕に行くと、二の腕には日傘が掛かっている。
「まあ、外に出ても降ってるわけだし――」実雨の頭の中の議長は裁決を下した。
「はい、相席でも構いません――」
「それでしたら、先着さまに了解を取ってきますので、そこでお待ちください」
実雨は返事をして店員の歩く先を追うと、相席をお願いする人の姿が見えた。
「あ――」
実雨は思わず声が漏れた。その相手と言うのが偶然にも雨の日には活躍する「レインバッカー」の快晴ではないか。
実雨は突然の展開に心の準備が出来ずどぎまぎしつつも、一方でこれは偶然が与えた機会であると考え、頭の中で再び作戦会議が始まった。ぶっつけ本番、実雨は即決で自分の方針をとりあえずまとめて、窓に書かれた鏡文字の「や」の字の席に案内されて足を前に出した――。
作品名:晴天の傘 雨天の日傘 作家名:八馬八朔