晴天の傘 雨天の日傘
一 雨の日曜日
電車の窓から見える風景は、いつもどんよりしている。
岸 快晴(きし よしはる)は窓に向かってため息をつくと、ガラスがくもって流れる風景が見えなくなった。
天気予報では今日の降水確率は10パーセントくらいだったはず。出発前に天気予報を確認したから間違いない。
「ってことは今日はその10パーセントかよ――」
出発した時は五分五分の曇り空だったのが、電車に乗って目的地へ進むごとに雲は厚くなっている。
雨が降る日が恨めしい。快晴は誰にも言えないコンプレックスを分厚い雨雲にぶつけてみるが、それが消え去ったことは一度もなかった。
コンプレックスというか、ジンクスというか、勝負の時には雨が降る。遠足、デートに運動会、これまで晴れたことが一度もない。中学高校で明け暮れたサッカーの試合ではビッグゲームになるといつも雨が降ってはチームメイトに疎まれる程で、たまたま控えに回った日の試合に限ってカンカン照りの快晴だったりで、いつしか自分は雨男だという暗示にかかっていた。
それが理由というわけではないが、インターハイには出場できたものの晴れの試合は見事に雨でチームは結果を残せないまま敗退。自分を変えようと大学では思いきってサッカーを諦めアメフトの道へ。これで流れが変わると思いきや、やっぱりビッグゲームには雨が降った。シーズン四年を通してリーグ最終の天王山はすべて雨。ディフェンスの要であるLB(ラインバッカー)として活躍はしたものの、晴天の下でプレーした記録はおそらく残っていない。付いたあだ名が「レインバッカー」とくるから、彼を知る者の多くは名前より雨を連想させる。
快晴は携帯電話の画面を見てもう一度ため息を付いた。
「雨に濡れてまでスポーツ観戦しようとは思わないの」
先月のコンパで付き合い始めた彼女と母校の試合を見に行く約束をしたのだが生憎、というか快晴にとっては予想通りの雨――。
メッセージを見てスタジアムに向かう途中であっさり撃沈。二週間前の試合に続いて今回もだった。
勝負と決めると雨が降る。快晴は社会人になった今でもそんな根拠のないジンクスから全く抜け出せないでいた。名前が名前だけに親を恨んだことがないとは言い切れない。でも、雨が降るという地球上の現象と、全く特別な人間でない自分とが関係しているわけでなし、処方箋がある筈もない。雨が降るの原因は決して快晴の存在ではないが、雨はほぼ確実に降る。
電車を降りる頃には傘が無ければ出られないほどの天気になっていた。
「一人で見に行ったところで、実りはねえよなあ」
勝負の糸が切れると、快晴はやる気をなくした。いつもならここで電車を乗り換えてスタジアムに行くのだが、今日はリーグ序盤戦。おそらく大丈夫だという試合の展望も加味されて、快速電車を降りて、雨でも往来で賑わう町に向け快晴は出番の多いいつもの傘を広げた――。
作品名:晴天の傘 雨天の日傘 作家名:八馬八朔