晴天の傘 雨天の日傘
一 良い天気
太陽がギラギラと照りつける夏の暑い昼。ひさしの向こうに見える砂浜は、多くの人がひと夏の物語をそれぞれ楽しんでいる。親に手を引かれて初めての波に怯える子ども、勝負と決めて体を鍛えた青年と思いきって露出度を上げた女子――。
大学生の天野実雨(あまの みう)は海の家からそれを眺めていた。そんな砂浜で青春を謳歌している者には一緒に来た友人も含まれているが、実雨はその中には入れないでいた。
「なーんで遊びに行くって海を選ぶのさ」
実雨は青年に声を掛けられる友人に向かって言ってやった。この距離じゃ聞こえないし、彼女の視線は絶対にこちらにない。
実雨は晴れの日が苦手だった。
一際透き通るような白い肌、皆が羨むことは一度や二度ではなかったが、彼女には彼女なりの悩みがあった。
日焼けをすると身体が疼くほど湿疹するのだ。いわゆる日光アレルギーで日の光は夜行生物のごとく苦手なものだ。特に夏場はひどく、肌を露出することそのものが彼女にとっては拷問に近い。今日にしたって友人が勝負をかけたデートに一人では不安だからと乗ってやったのだが行き先は炎天下の海――。実雨はそんなビーチに場違いな長袖のブラウスを着て来たことで静かに抵抗してみたが友人は自分のことが精一杯で気にもしていない。
しかし、晴れた日が嫌いというわけではなく、中学の頃は男子に混じってサッカーに明け暮れる毎日だったが、高校に上がる時には男子との体力差に自分の身体能力が追い付かず、何より実雨が試合に出る時は必ず天気は雲一つ無いほどの快晴だった。
試合に出れば、絶対に後悔するくらいに白い肌が真っ赤に変わる。試合だけではない、学校の行事や家族での旅行、どこへ行っても雨が降ったという記憶がない。証拠になるのかいささか疑問はあるも、彼女が写る写真に雨が降った時がない。アレルギーは年齢を重ねるごとに酷くなり、中学を卒業と同時にサッカーを諦めざるを得なくなったのも根拠のない強烈な晴れ女が理由と言われるくらいだった。
「今日はこんなにいい天気なのに日傘持ってこなかったの?」
小休止に戻ってきた友人が実雨に質問をするが、心配している様子とは100%言いづらい。
「――ホントだ。今日はたまたま忘れちゃった」
作り笑顔もわかってもらえず彼女はすぐにビーチという勝負の場に戻って行った。
忘れたのはたまたまなんかではない。それも、海に行くのをわかっていながら日傘を忘れるはずがない。ちゃんと理由があって持ってこなかったのだ。実雨は冷ややかに息を吐いて、離れて行く友人と青年の背中に向かって小さく呟いた。
「あなたたちのため、なんだからね――」
作品名:晴天の傘 雨天の日傘 作家名:八馬八朔