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レイジア大陸英雄譚序幕

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 ツバサは一瞬驚き、そして装甲の下の顔を引き締める。レイジア共通語は人間側の言語であり、魔族は別の言語を扱っているというのが一般常識だ。しかしそれは魔族がレイジア共通語を話せないと言うことではない。ある程度以上の格がある魔族ならば習得していることもある、と言う噂をツバサは耳にしていた。
 つまり、間違いなくこの魔族はこの攻撃部隊の指揮官、そうでなくても指揮官の側近レベルくらいには実力のある魔族であるはずだ、とツバサは当たりを付けた。となれば、これを倒せば一気にトキヤ側が生き残れる可能性は高い。しかし一方でトキヤ側の戦力もずば抜けて高い訳ではない以上、ここでツバサが負ければ誰がこの魔族を倒せるだろうか?
 リョウジが戦ってくれればあるいは……、と思わなくもないが、先程からリョウジと思しき人物を一度も見かけなかった。しかし落胆してはいられないし、居たから負けていいというものでもない。ツバサはそう気合を込めて剣を構える。
 「ここで貴方を倒します」
 凡庸なセリフだがそれ以外に出てこない。魔族はニタリと嗤った。
 「あくまで抵抗するか、なら死ね!」
 背負っていた身の丈ほどもある大剣が目にも留まらぬ速さで振り下ろされる。ツバサはそれを真っ向から受けずに回避する。前の方向へ。
 「ちぃっ」
 魔族が剣を引き戻しつつ、ツバサの攻撃を受ける。勢いの乗った鋭い一撃だ。だが、魔装に覆われた剣には傷一つつかない。そして、魔族は引き戻した勢いで大剣で突きを連続で放つ。これもツバサは避け切り、反撃する。そして弾かれる。
 無駄にも思える長い戦いの幕開けのようにも思える、厳しい展開から二者の剣戟は始まった。
 
 
 一方、トキヤの城壁の内側。第一防衛線で戦いが続く中、最終防衛線である庁舎内では会議が行われていた。
 つまり抗戦か、逃走か、服従か。
 一番目の選択肢は厳しい。今は何とか防ぎきれているが、徐々に押され気味である。何より魔族が確認されている。剣装を有した冒険者が一人戦っているという話だが、相手は魔族である。厳しい戦いになるだろう。もしその冒険者が倒されるなり何なりして無力化されてしまえばもうどうしようもない。
 二番目の選択肢。これもまた厳しい。統率を保って逃走するのは難しいし、何より戦力が足りない。魔物の集団ともまた違う以上、捨て石作戦もどこまで通用するか判らない。第一、偵察によればあのスズカ・リョウジは怖気づいて逃げ出し、挙句後方に潜んでいた伏兵に気取られてその多くを相手しているという。あのスズカ・リョウジが戦いを放棄して逃げ出した事実を隠蔽せねばならないというだけでも頭が痛いのに、そちらには魔族が複数潜んでいるという。リョウジが魔族全員と相打ちになってくれるのが一番良い選択肢なのだが、兎も角逃げる選択肢は封じられてしまった。
 そして三番目の選択肢、服従。今までに前例が無い話ではあるが、可能性が無いわけではない。魔族達により人間が誘拐されたり捕虜が奴隷にされるのは風のうわさでよく聞くことだ。尤も、一度向こうの領域に連れ去られた人間は二度とまともにはならない、と言うのもセットで聞く話である。
 しかし、三番目の選択肢もやはり無し、であった。そもそも向こうが服従を求めているならばいきなり攻撃などせず、示威行為を行えば良かったはずである。こっちが救援を出そうにもあちこちに兵を伏せていた事実からすると使者はそのまま口を封じられたはずだ。
 つまりどの選択肢も厳しいが、結局服従がまず脱落した。誰も好んで死ぬより酷い目に遭いたくなぞ無かったからだ。
 次に逃走が脱落した。非戦闘員を守りながら戦うのは厳しいし、何より長きに亘る自堕落な態度によって僅かばかりの人望も地に堕ちたリョウジの身勝手な逃走と頓死が発覚すれば、逃走と言うのも憚られる無秩序な集団が出来上がるだけだろうからだ。
 となれば残るは抗戦。半ばヤケクソめいた場の空気は、しかしその狂気を手に取るまではいたらず悶々と貴重な時間を費やすだけであった。
 
 
 人間の身体には限界がある。将来的には兎も角、今この時には確かに限界というものが存在する。スズカ・リョウジは嫌というほどその現実を味わっていた。
 不意打ち気味に魔族を二、三体倒したが、あとは向こうも警戒して近づいてこない。手下をけしかけて牽制してひたすら消耗を強いてくる。その状態で更に複数の魔族が襲い掛かってくる。不意打ちを出す間も与えてくれない。
 (ちっ、もうちょっと真面目に魔法の訓練をしておくんだった)
 火の魔法は見た目通り派手で火力が高い。が、防ぐ魔法が無いわけではない。特に魔装は抵抗力が高いと言うのに、その上から火の魔法の抵抗力を上げられては牽制程度じゃちょっとした火傷が精一杯だ。
 そしてリョウジはと言うと大きな傷こそ無いが小さな傷を無数に作り、体力も使い果たし、すっかり息も上がってしまっている。ギリリ、と歯噛みする。
 (クソッ、昔ならもう少しやれただろ……)
 聖剣装があれば……いや、せめて剣装でいい。そうすればこいつらをまとめてぶちのめせる。リョウジは血走った目で辺りを睥睨する。魔族がジリジリと包囲網を狭めている。
 (生きたい……死にたくない……)
 生きる意味を見失ってもまだ死にたくないと望む自分の浅ましさを自分のどこかにいる自分が嘲笑う。だが知った事か。生きたいのだ。苦しいのは嫌だが、ここで犬死するのはもっと嫌だ。
 (俺は……!)
 手を伸ばす。そして、掴み取る。魔族が振り下ろした剣を。無駄な足掻きだ。……そうだろうか。リョウジの顔が一瞬驚きに包まれ……凄絶な笑みを浮かべる。
 「掴ん……だァッ!?」
 握りしめ、折り取る。その手を包むは白銀の、輝く魔法金属。剣装。その手に連なる身体を覆うはやはり白銀の輝く魔法金属。そして鎖のように絡みつく黒色の魔法金属があるが、それも行動を制限するには至らない。昔とは全く違う剣装。だが。
 「剣装は剣装だ。なァッ!」
 鎖が伸びる。魔族の一体を絡め取り、絞め殺し……引き寄せる。
 他の魔族が突き出した短剣が防御を貫き、肉を食い破る。死肉を。そして、その死肉の内から黒い物体が飛び出す。それは鎖……ではない。先端が鋭く尖ったアンカーだ。それは正確に魔族の頭を吹き飛ばす。
 あっという間に魔族が二体死ぬ。しかしリョウジは止まらない。無数の鎖が鞭のように乱舞し、魔族たちは辛くもそれらを回避し、鎖に魔法の炎を浴びせかける。
 粘性のある炎は鎖にしがみつきつつ、その中央にいるリョウジを襲う……はずであったが、炎は鎖の乱舞によって巻き上げられ、炎の竜巻となって上空へ四散する。そして、また一本のアンカーが乱舞の中から不意打ち気味に繰り出され生きている魔族を一人貫いた。
 
 魔族ボーモルはツバサの攻撃を強く弾き、距離を取る。二人は荒い息を整えながら相対する。
 ツバサの粘り強さはボーモルの想定外であった。このまま正攻法では埒が明かない。
 (圧倒的な力でねじ伏せてやりたかったが……)
 まあよい、と考え直す。次からはもう少し戦い方を考えればいい。今はこの眼の前の剣装の持ち主の心を折ればよい。少し回り道をしてしまっただけだ。