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レイジア大陸英雄譚序幕

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 男があんぐりと口を開ける。ツバサの身体が光に包まれ、次の瞬間には女性的な身体のラインを白銀の装甲でまとった存在がそこに立っていたからだ。得物は剣一本。しかし、誰もがその能力の名を知っている。それは……。
 白銀の女騎士が膝を曲げ……地面を蹴りつける。ヒビがはいった地面を振り返ること無く、それはトキヤの防壁以上の高さを軽々と跳躍した。そして、空中でくるりと方向転換し……城門の前で立ち尽くすトロールに向けて突撃する。
 天から降ってきた如き流星、それに伴う一刀はトロールが偶然差し出した手に阻害された。しかし、その一撃は丸太のような指をざっくり切り落とした。着地時の衝撃波で傍に居たゴブリンガードも吹き飛ばされる。
 トロールは青天の霹靂とも言える苦痛に咆哮し、トキヤに流入しようとしていたゴブリンガード達は突然の事に立ち尽くす。
 白銀の女騎士は……ただそこに立ち、魔物たちを威圧する。
 「これ以上踏み込むというのならば、私がお相手します」
 こなれた感じのあるレイジア共通語。魔物たちに通用するはずもないが、何を言っているか雰囲気で伝わる。トキヤの外に居たゴブリンガードや魔術師達はすっかり萎縮し、前進する速度が大きく減じてしまった。
 
 
 そしてその頃、リョウジはポリポリと頬を掻いていた。
 番兵と口論になった結果叩きのめして外に出たのは良い。いや、本当は良くないがまあ戻る気は無いのでかまわないだろう。
 問題は現状で……異様に気配の無い草むらがあったので、冗談のつもりで足元の岩を掘り返して投げつけてみたら、怒った魔物の群れが草むらから飛び出してきたのだ。
 まあ、魔物の群れだけならまだいい。岩が当たったのはよりにもよってその魔物達を率いていそうな魔族である。魔物の群れに混じってリョウジを見ている。どうも伏兵として隠れていたらしい。
 「藪をつついて蛇を出すってのはこういう事か」
 リョウジはしみじみと呟く。しかし呟いてばかりもいられないので剣を抜く。リョウジが剣を抜かずとも向こうはしっかり武器を手にしているのだ。舐め腐った真似をした人間は例え一人だろうが囲んで叩いてぶち殺す、という意思が感じ取れる。
 しかし、群れていようと魔物だろうとただのゴブリンではリョウジの敵にはならない。リョウジは瞬く間に十数体の魔物を斬り捨てた。そして、奥に控えていた魔族を挑発する。
 「丁度むしゃくしゃしてたところなんだ、付き合えよ」
 通じるはずもない言葉でそう言う。すると、その言葉に応えるように別の場所から魔物の群れと魔族が一つ。いや、二つ。いや、四つ……。
 リョウジがいつの間にか幻覚に掛かっている訳で無ければ合計八体の魔族、そして一体の魔族に十数体の魔物が従属していた。つまり、魔物が大体百体超え。
 その魔物がゴブリンだけならば話は簡単だったのだが、様々な魔物の混成部隊となっている。その上、魔族が一体ずつおまけ付きである。と言うか脅威度的に言えば魔族が本命で魔物はおまけだ。いわば今リョウジは敵軍の中に一人で飛び込んでいる状況になっている。
 「付き合えとは言ったが……吐いた言葉は飲み込まん、全員かかってこい」
 途中で諦めを付け半ば虚勢めいた言葉を吐いた後、リョウジは一斉に襲いかかってきた魔物と魔族に対して剣を振るう。
 しかし、魔族のうち一体はあっさりとリョウジの死角に滑り込み、音もなく剣を突き出した。
 
 
 そして、リョウジが伏兵として控えていた魔族たちと交戦を開始した頃、ボーモルは苛立ちまぎれに魔道具へ命令を下した。
 「ええい、トロール! 何を喚いているのだ、さっさと進め、ぶち殺せ! ゴブリン共、貴様らもだ! 万が一逃げ出してみろ、死霊術師共の材料にしてやるからな!」
 そう喚きつつ自身も前へ出る。トロールの洗脳にダメージを与えるほどの何かが起こったらしい。魔物達も動揺している。
 (所詮は数合わせの雑魚か)
 魔物達の脆弱さに歯噛みしつつ、ボーモルは気を取り直そうと務める。
 今は人間達に勢いがあるからゴブリン達も腰が引けているだけだ。こいつらは勝ち馬に乗るのが得意な種族。人間どもの虚勢を打ち砕けば先程まで及び腰だった事などすっかり忘れ去って、また馬鹿みたいに突撃するはずである。
 (つまり、俺が出て喉に刺さった小骨の如き厄介事を片付ければ良いのだ)
 わざわざ煩わされるのも面倒だ、一撃で決めてしまおう。なあに、いくら人間が脆弱と言えども一撃で町ごと吹き飛ぶ事も無いだろう。憂さ晴らしにも丁度良い。
 ボーモルはそう考えながら先へ進む。再びトロールの雄叫びが聞こえた。
 「ふん、殺った……か?」
 空に吠えた雄叫びは長く伸び、やがて悲愴な呻きとなって地に潜る。何が起こったかは明白であった。
 「死んだ……? まさか、トロールが?」
 一体何があったというのか。よもや攻城兵器でも持ち出したというのか、そんな馬鹿な。ここは戦場より遠く離れている。そんな代物があるはずもない。
 ボーモルは一瞬躊躇したものの、すぐに歩き出す。まだ敗北が決まったわけではない。たかがトロール一体死んだだけだ。失ったのは痛手ではあるが、それを上回る貢献で塗り潰せば良い。手柄は幾らでも転がっているはずだ、今回は運が悪かっただけなのだ。運などというものは実力で押し潰せばよい、第一攻城兵器なら自分を殺せやしないし、人間どもは魔族よりも遥かに脆弱……。
 そう考えながらボーモルは最前線が見える場所に到達した。そして沈黙する。深呼吸をした後、現状を認めた。
 「クソが」
 ボーモルが見たのは、ゴブリンガードの集団の中に飛び込んでは血風を撒き散らす、全身を魔法金属で守られた剣士の姿であった。動きづらそうな見た目に反して俊敏に動き、がむしゃらに四方八方から囲んで叩こうとするゴブリン達が凶器を当てる前に斬り捨てて行く。魔物達が味方への犠牲を無視して放つ弓矢も魔法もまるで当たるものではない。当たりそうなものも剣で切り払われる。
 「なるほど苦戦するわけだ、よもや剣装持ちがいるとは」
 剣装。精神の力を持って超人めいた力を与える異能である。尤も人間の殆どはその脆弱さ故に剣装を発現させる事が出来ないという話だ。
 しかし。もし万全な状態で剣装を発現させた人間が戦っているとすればそれはつまり魔族一人分の戦力とみなして間違いないということでもある。
 (しかし、魔族の持つ魔装はその魔力を持って超人めいた力を発揮する。心などという弱く移ろいやすいモノに頼る事のない力だ)
 魔装をまとったボーモルはこの期に及んでまだ相手を軽視することを止めなかった。と言うか、軽視している事すら自覚していなかった。ボーモルのような魔族にとって人間は死ぬまで人間でしかないのだ。例えそれが剣装を装着していようとも。
 
 
 戦うツバサの周囲から魔物が退く。ツバサは手を止めて、割れる包囲の一方を見る。そこから歩いてくる、威圧感のある存在が一つ。背中に大剣を背負った人間型の魔物……いや、これは。
 「人間如きがよくもまあ頑張るものだ。だが、それもここで終わりだ」
 レイジア共通語を喋った。恐らく魔物ではなく、魔族だ。