狂的夢想 /*ルナティック・ドリーム*/
「人とは変な生き物だな。人と人が争って星を滅ぼしたくせに、どうやら人は、人がいないと生きていけないらしい」
彼女が押し黙り、僕も言葉を見つけられない。
ぴーひょろろ……。
鳶(とんび)の声がこだまする。それは沈黙を嫌った彼女の思いか、僕の願いか。
「君も淋しかったんだね」
僕はやっと言葉を出せた。
金髪がこくりと揺れた。偉そうな口を利く彼女が、歳相応の小さな女の子に見えた。
「もう独りじゃないよ」
そうだ。もう独りじゃない。
……そこで、気づいた。
独りじゃない。それは僕の望み。
つまり。
これもまた、僕の夢。
「はっ、はははははは……」
こんな夢を見るほどに僕は追い詰められていたのか。
優しくて、残酷な夢だ。
もう、解放してくれ……。
僕は笑う。狂ったように。
もう二度と夢など見るものか。
「待てっ! 私を独りにするなぁ!」
少女の叫び声と共に、目前に小さな平手が迫った。
避ける気などない。
想像通りの甲高い音が響く。けれど頬は痛くない。
僕は呟く。
「全部、夢だから」
少女の頬を涙が伝った。
「夢だと思っていてもいい! けど、独りにしないで……」
僕に平手を食らわせた手を静かに下ろし、少女は肩を震わせてしゃくりあげた。
金色の髪が揺れ、透明な涙が光る。
泣いている女の子に、どきりとする。
僕の好みは黒髪で、もう少し色気があるほうが良いのだけど――。
……………………………………。
ああ、そうか。彼女は夢ではないのか。
痛くもない頬が、急にひりひりしてきた。
※ ※ ※
「一緒に団子を食べよう」
甘いものは元気が出るという。正気に戻った僕を、彼女は驚いたように見上げた。
「それは、どうやって食べるのだ?」
かつての僕と同じ疑問。
苦笑しながら、僕は黙って団子を口に運んだ。
少女は僕を真似て、嬉しそうに串を掴む。
しかし、団子を口にした瞬間、動きが止まった。
「味がない……」
「え?」
「――当たり前か。……私は本物を知らない」
彼女は先がちょこんと見えた串を皿に戻し、目を伏せる。消えそうな声で「一緒に食べたかったな」と呟いた。
そのとき、僕はひらめいた。
「起きればいいんだ!」
どうしてこんな簡単なことを思いつかなかったんだろう。
小躍りしそうな僕に、少女は目を丸くした。
「〈管理者〉なら僕を起こせるよね? 起きれば夢から解放される」
この艦は、もともと宇宙開発用だ。充分な居住空間もあれば、宇宙食も合成できる。
「起きたら、星に着く前に寿命が尽きるかもしれないぞ」
「別に構わないよ」
僕は星に行きたいわけじゃない。
「起きて、どうするんだ?」
「本物の団子を作って、一緒に食べよう」
少女は、ぽかんと口を開けたまま一言もない。
「作り方はデータベースにあると思う。団子の材料は米の粉。たれ(ソース)は醤油(ソイソース)と砂糖のはず。出来るよ!」
「材料がないぞ!」
慌てて反論する少女に、僕は少しだけ偉そうに笑う。
「あるよ。星に下りたときのために、農作物の種子が積んであったはずだ。水耕栽培なら艦の中でも可能だ」
「艦の中で米や大豆を育てて? ……馬鹿げている! キチガイだ!」
彼女は〈管理者〉。
星に着く前に乗員を起こすなんて、最大の禁忌だろう。
「キチガイでいいじゃないか。このまま寝ていても、僕は狂って死ぬだけだ」
「けど……!」
「僕たちは、生きるために艦に乗ったんだよ」
「……」
「僕は、やりたいことを見つけた。――それが、生き甲斐ってやつじゃないのか?」
「起きて、本物の団子を作ることが、か?」
「君と一緒に、本物の団子を食べることが、だよ」
少女の瞳が、まん丸に見開かれた。
「馬鹿だろ! ちっとも生産的でない!」
「そうかな?」
「そんなの愚かだ! 本物の団子を食べるために老いて死ぬんて、あり得ないだろ!」
「生きているってのは、きっと、馬鹿みたいなことに夢中になれることなんだ」
月での僕は、生きてなんかいなかった。ただ死んでいなかっただけだ。
少女は呆れたように空を仰いだ。
けれど、彼女が顔をおろしたとき、その目は楽しげに潤んでいた。
「一緒に起きてくれるかな?」
手を差し伸べる。
「どうせ夢を見るなら、私も現実の夢がいい」
僕の手をとり、少女が笑った。
ドームの窓から垣間見ていた、懐かしい太陽に似た笑顔を見ながら、僕は、僕を艦に乗せてくれた両親を想った。
さあ、目を醒まそう――。
作品名:狂的夢想 /*ルナティック・ドリーム*/ 作家名:NaN