お客様は、神様です。
あ、今、店の前にアニメキャラクターを彷彿とさせるマイクロバスが止まり、大勢の子供たちのような方々が、整然とお入りになられました。全くはしゃぐ様子もなく、礼儀正しく皆一様に背筋をのばして、金属の細い杖を持たれた方や、編み笠を被られた方、赤いよだれかけをされた方などが無言で椅子に腰かけられ、そしてなにやら勤務先のくわしい状況などを、お互い情報交換でもするようかのように聞き取れないほどの小声で話されているご様子でした。しかしその後、全くメニューには見向きもなされずに、またご注文も一切されないのを見て不審に思い、遠目で何気なく見るとはなしに、様子を伺っておりました所、彼らの方もこちらをチラッチラッと見ていられるではありませんか、そこではたと気づき、彼らの目の前におにぎりや、お饅頭、おせんべいなどを、いかにもお供えものでもするかのようにしてお出しした所、丁寧にお辞儀をいたされ、和紙にそれを包まれ懐に大事そうにしまいながら、また整然と出ていかれました。私どもの店では初めての経験でしたが、何かこうぐっと、熱いものが体の内より込み上げてくるものを感じた次第でした。のちに詳しい方にお話を伺った所、あのかわいくて地味なお顔をされた方々は、それぞれの勤務地で八面六臂(はちめんろっぴ)のご活躍をされているそうで、災難に遭った方々の苦しみを、身代りに引き受けてくださる「身代りジゾウ」や、また集落や、村の道の辻を守る「道祖シン」人々の願いを聞届けてくださる「縛られジゾウ」妊婦の安産祈願や、幼い子供たちを常に温かく見守る見守り隊の中心的な存在で、赤いよだれかけはその連帯感を示すための名残とか、おっしゃっておいででした。今、はるか遠くの方から地響きを鳴り響かせながら、店の方へと向かって来る一体の巨大な黒い影が現われてまいりました。近づいてよく見てみると、なにやら頭はパンチパーマ、先ほどいらしたジゾウ様とは雰囲気はなんとなく似ておられますが、とにかくがたいが大きい方で、とても店内に入れそうもありません。いずこから来られたのか伺った所、東の方からと言う事しかおっしゃらずに、寡黙を通され店先にすぐに座り込む有様です。そして1000年もの長い間座禅をしていたので、久しぶりに歩いてみると膝が痛くてかなわんと仰られてました。仕方なくお住まいをうかがった所、トウダイジとだけポツンと言われたので、今回はこちらにも受け入れ態勢が全くできてないと言う事をご説明いたし、次回のご来店を楽しみに致しておりますと伝え、旅先でお腹を空かしては気の毒だとも思いスタッフ一同で炊き出しをして、大きなおむすびをこしらえ、竹の筒に飲み水をいれて送りだした所、途中何度もこちらを振り返られ、大きな体を折り曲げる様にしてお辞儀をされていました。やがて店も一段落しスタッフ達のまかない料理でも作ろうかと思っておりました矢先、また厄介な方々がお見えになられました。厄介と言っては失礼ではございますが、何しろ前回ご来店の折は、スタッフも店もひどい目にあったからです。テーブルやカウンターに置いてある
食器やグラス類お総菜などは残らず吹き飛ばされてしまい、おしぼりなどは空中を飛び回る有様で、こちらの体もいつ吹き飛ばされはしないかと、柱に必死でしがみついておりました。エアコンや冷蔵庫類、照明器具などは電源がいっぺんに落ちたり激しくショートしたり水を被ったりと、まさにこの世の終わりかと思ったものでした。この方たちも普段は仲の良い兄弟なのですが、仲が良すぎてけんかをすると申しましょうか、身近なライバルと言いましょうか、ひとたびお酒が入りますと、どちらのほうが力が上かとのたわいもない議論になりだし、果ては決着を付けようと言う事になって、店内でバトルを繰り広げられるのです。お互い天井にゆっくりと登られた後、風神という方は風袋から大量の風を吹き出して、店内に暴風雨をもたらし、雷神という方は太鼓を叩いて雷鳴と稲妻をおこされ、店はもう荒波にもてあそばれる木の葉のような有様で、注意をしようとお顔をのぞいたところ、鬼のような形相をしておいでで、取りつく島もありませんでした。一応、店舗総合保険には加入しておりましたが、まさか店内でお客様同士で雨風を起こしたり、雷を落としたりとかは、一般常識では口が裂けても言えず、ほとほと困り果てご来店の度に、料金に内緒で上乗せさせていただいております。それに店内に入る際には、再びああいうことのないよう、風神様には風袋と、雷神様には太鼓あと電飾系の飾り道具は、先に預からさせて頂いております。あ、いままたゆっくりと肩を怒らせながらお入りになられた方は、閻魔さまと呼ばれて、ご常連客様の中でもトップクラスの、怖い形相をされたお方です。そして、一目も二目も置かれている存在で、死後の世界の王様でした。しかし仕事的には国の出入国管理や、裁判決定権を司り、賄賂に屈せず謹厳実直な所を見込まれ、地獄行極楽行の、それぞれのパスポート発行責任者を任される事となりました。
服装が中華風なのは、ここまで来る途中、経由地「ちゅうごく」の影響を僅かに受けたとの事でした。地味な仕事の割に、なぜいかついお顔をしておいでか、大胆にも伺った所、自分はもともとオジゾウ様の化身で、再び罪を犯させない為に恐ろしい顔で叱咤しているとの事でした。
ああ、いま壁をコンコンとたたく音がしましたので、秘密の通路を開けると矢も盾もたまらずと言った感じで直ぐに走り込むように入っておいでになりました。近所の稲荷神社の関係者の方で、よくお見えになられますが、最初の頃などは、なにやらこちらにふるびた先入観のようなものがありまして、余計だとは思いましたが、油揚げの付だしをお出ししたところ、急に不機嫌になられ、自分はもともと肉食系で、こんなものを食べたら、それこそ体調不良になって寝込んでしまうと、コンコンとおっしゃられ、それからは、此処の名物、レモンステーキを、お出しした所、それはもう大変喜ばれて、それ以後、神社のお祭り期間中以外は三日にあげずに、お越しいただいております。
また、ラマダンがあけると、中東の地域からも、じゅうたんに乗って来られる方がいらっしゃいますが、長旅で疲れるので、向こうに支店を出してはどうかと、いつもおっしゃっておいでですが、中東地域や、欧州、などは、圧倒的に、お客様が少なく経営が成り立たないと言う事を、いつも口を酸っぱくして言っております。ただギリシャやローマなどには、それこそ眉目秀麗なすばらしい方々が紀元前の頃よりお住まいだそうですが、とても私どものお店には来店してはもらえないものかと思っております。お出しする料理の食材も違いますし、あまりに格式が違う様子で、いえ、これは決して日本のお客様を格下に見ると言う事ではなく、やんぬるかな、文化の違いと申しましょうか、その土壌に根ざし熟成を経て醸し出されるアロマのような香りの違いとでも申しましょうか、乗り越えるべき課題は山積いたしておりますので。
作品名:お客様は、神様です。 作家名:森 明彦