小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

お客様は、神様です。

INDEX|2ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 

次の方は、ヨーロッパ方面から、必ず一人でいらっしゃいます。単身赴任と言った所でしょうか。優しそうな憂いを帯びた穏やかな表情の中にも、何かしらとても近寄りがたい崇高なオーラを醸し出されている方で、羊毛製の袖付き貫頭衣を着てのお越しですが、日本語があまりお上手ではないらしく、長旅の疲れと、時差ボケ(ちょっと失礼ではありますが)で、いつも眠たそうな潤んだ目をしていらっしゃいます。そして、何をうかがっても、イエスとだけしかおっしゃらずに、いつも、きまったワインとパンを召し上がられます。あ、そうそういつも時間の事を非常に気にされていて、本国時間なのでしょうか、時計を見るなりかたことの日本語で、もうジュウジカとおっしゃりになり、直ぐにお支度をされ、風のようにお帰りになられます。以前、こんな事がございました、たまたまイタリアのバチカンと言う所から、何かのグルメ情報誌を、ご覧になったのでしょうか、神に使える身であれば、此処に行く資格は十分に満たしているとしてご予約をなされ、団体ツアーを仕立てて、お越しになられたのでございますが、丁度その折、カウンターに一人でいらした羊毛製の袖付き貫頭衣を着、たまたま頭にいばらの冠を被られた彼を見るやいなや、何か雷にでも打たれたかのようにして一同一斉にひれふし、両手を胸のあたりで組む方や、両まなこに涙を湛えられる方、ところ構わず嗚咽される方、頭の髪の毛をかきむしられる方、顔色を青ざめられる方々で、一時店内が騒然となったのでございますが、彼はゆっくりと立ち上がり輪の中にお入りになって、それぞれの手を愛おしむようにもろてで取りながら、此処は、悟りを啓かれし方々の安らぎの場、あなた達はまだまだ修行の身と諭され、直ぐに慌てふためいて母国へ退散なされました。
さて、今、息を切らしながら、重き荷を背負い、遠き道を来られた方は、トウショウシン君と言う変わったお名前をお持ちの方で、ヨーロッパから来られた方とは、随分以前に宗教的な対立がもとで、お互いに絶縁状態になっていたと伺っておりましたが、今では何事もなかったかのように打ち解け合われ、傍から見ても睦まじそうに、互いに酒を酌み交わすほどの仲になっておられます。
その、トウショウシン君様は、お酒を召すと必ずと言っていいほど、「この荷が重くて背中に食い込み、遠き道を歩くのがとてもつらい」と、愚痴をこぼしておいでなので、差し出がましいかとも思いましたが、つい軽いものにでも変えられたらと、おもてなしの心で助言を差し述べたら、[無礼者 !これは、我が家の先祖代々の家訓故、曲げる訳には参らぬ]と侍言葉で返され、それ以来出過ぎた助言は差し控えております。
あ、いままたお1人、ご来店になられましたが、
何やら、全身ずぶ濡れのご様子で、水がしたたり落ちてらっしゃるので、店の者が慌ててお絞りとタオルを持って上がりました。
どうされたのかと、お聞きしたところ、額を拭いながら、いやぁ、ひどい目にあった、最近の蓮の葉は、薄っぺらになって困る。
最近の利にさとい者達のせいで、どの花も美しく艶やかになってはおるが、肝心のわしの乗る蓮の葉までは、養分がまわらず、もろくなってそれこの有様じゃ。
美しいのもよいが、それに目を奪われ支えておるものをないがしろにしては、先が思いやられる。
わしが長年の修行の末に、菩提樹の下で会得した悟りを、あまたの弟子たちに授け、この世にその教えを広くあまねく、伝えるようにと言っておったに、と、憤慨しておいででした。
あらためて、教えの道の尊さ、そして難しさ、厳しさを思い知らされた出来事でした。またこういう事もございました。誰かとは申しはいたしませんが、店内がちょうど立て込んでいたおり、たまたまお一人でお越しのいつも決まった物をご注文のお客様の伝票に、追加のメニューをつい書き忘れて会計を済ませてしまい、後を追い事情を説明しょうかとも思いましたが、相手方のプライドを傷つけかねないと考え、再び来店された折お客様の方からお声を掛けていただけるものかと思っておりました所、つぎのご来店の折は何事もなかったかのような態度で接され、ああ、こちらが言わぬが花に、知らぬが仏で返されたものかと、妙に納得した次第でございました。
作品名:お客様は、神様です。 作家名:森 明彦