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文明とは

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いつも通り私は、決められた時間に、決められた場所へと移動する為、駅から電車に乗り込む、そして、改札口を通過するたびに、思うのだが、投入口から吸い込まれ、瞬時に個人データを読み取り、吐き出されるこのICカードを見て、今の現代文明は、ほんの一握りの
天才と、それを支えるエンジニア集団によって
支えられている様なものだなと、いつも感じ、畏敬の念を覚えるのである。
そして、駅を出て、会社の方向へ向っていた所、
突然、軽くポンと背中を押された。
振り向くと、そこには、大学の後輩で理系を学んでいた牧野君が立っていた。
学部は違うが、同郷のよしみと言う事で、親しくしていたのである。
彼はとても優秀だったため、直ぐにある研究室に、引き抜かれ、卒業後は一度も会う機会がなかったのだが、
後輩:「先輩、お久しぶりです」
先輩:「やあ、ずいぶんと、久しぶりだね、君はまだ、大学で研究を続けているのかい」
後輩:「はい、今は教授の後を継ぎ、国の補助を受けながら、最新の研究テーマに取り組んでいます」
先輩:「それは、すごい事じゃないか」
後輩:「それが、中々難解でして」
と口を濁し、そこで話を止めてしまった。まだ、公にできない事柄か、それとも、こちらの理解の範疇を超えていると思ったのか、まあ、たぶん後者であることは、察しが付くが。
先輩:「今の先進技術は、素晴らしいかぎりだね、こんな時代が来るとは、まるでSFの世界の様だ」
先輩:「君達のような、優秀な人材がいればこそだな」と、少し持ち上げてさらに、
先輩:「今は、AIとかいう人工知能が出てきて、囲碁も将棋も、プロはまったく歯が立たないそうじゃないか」と言ったとたん、彼の目は、急に輝き出したのである。ああ、彼はたぶん、この分野の研究に、携わっているのか、と、一瞬思ったが、口には出さず、彼の目を見ていたら、
後輩:「先輩、人間は機械を作り始めた瞬間から、もう勝てなくなってしまったのですよ、」
後輩:「パワー、スピード、計算能力すべてにおいてです」
後輩:「思考能力も、AIの出現によって、遥かに人間を凌駕してしまいました。」
後輩:「AIと知力の勝負をすること自体、ナンセンスです」
と、さらりと言ってのけ、さらに、
後輩:「あの、アインシュタインでさえも、IQレベルは、200そこそこ、最新のAIはもうゆうに、1万を超え、さらに進化し続けています 」
後輩:「おそらく、ここ数年以内に、知性を持った新しいAIが登場し、芸術の分野にまで、幅広く活躍するようになるでしょう」
先輩:「それじゃ、作曲家や、小説家、画家、そういった類の芸術的な専門職も、無くなるってことかい」
後輩:「はい」と、彼は屈託のない表情で、明快に断言した
のであった。
じゃあ、君達のようなエンジニアもかい、と、口まで出かかったが、彼の直向きな、目を見て、のどの奥に、仕舞い込んだ。
先輩:「じゃあ、人間もあんまり要らなくなるんじゃないかな」
後輩:「いえ、国を支える納税者がいないと、国家は破綻しますからね」
先輩:「なんだい、その言い方は、まるで財務省の役人見たいな、言い方だな」と、少し不満を込めて言うと、直ぐに察したらしく
後輩:「あ、先輩、これから大事なAIの国際会議が有りますので、これで失礼します。」
後輩:「また近いうちに、お会いしましょう」と言って、小走りに去っていった。
国からの、助成金を受け、最新の研究にうちこみ、輝いて見えたその彼の後ろ姿を目で追いながら、彼は、かなりAIの研究に、入れ込んでいるようだな、下賤の言葉で言えば、嵌っているって事か、ま、うらやましくもあり、うらやましくもなしかと、思いつつ、こちらも出勤途中の身、それ以上深くは考えずに、直ぐにその場を離れた。
あれから20数年、私は、地方へ転勤し、相変わらず決められた時間に、決められた場所へ、移動しているのだが、以前より、通勤距離が遥かに離れていても、移動時間は、尋常ではないくらい短縮され、自宅から地方へ転居する事も無いので、助かっている。
現在の移動手段はと言うと、なにやら遥か以前、何度かホテルで、料金支払いの際使ったような記憶のある真空チューブを、連想させるのであるが、現在では、桁違いのテクノロジーを使い、大型の真空チューブを地下に埋設し国中に張り巡らしているので、あっという間に、目的地に着いてしまうのであった。
カプセル型の快適なひとり乗り用、カップル用、団体用と、そして、料金のクラスは一つのみである。何故かと言うと、出発すると瞬時に目的地へ到着するので、遥か昔、JR各社が、クラス別に、料金設定し快適なプランを提供していた頃が、懐かしく思えるぐらい、今では、全く意味をなさなくなってしまったからだ。
まあ、旅の楽しみは、着いてからという、ご時世になってしまった様だ。
また、街の景色もだいぶ変わってしまった。以前この国の物流を支えていた大型トラック便は、全く姿をけし、地下の物流専用真空チューブにとって代わり、各企業、または各家庭に直接配送されるので、以前あったドライバーの長時間労働、過酷な勤務実態など、深刻な社会問題として取り上げられていた諸問題は、根こそぎ解消されてしまった。
通りを行き交う車も、マイカーだけになり、ドライバーはハンドルも持たず、いや最初からハンドルも無く、ドライバーも存在しないのだが、目的地を設定した後は、何をしようと自由で、それこそ、会話に夢中になったり、ストレッチをしたり、熟睡したり、ペットと遊んだりと、思い思いの生活ライフを、車の中に持ち込んで、楽しんでいるのである
まさに、移動するリビングある。
それは、無数に打ち上げられた、GPS衛星が網の目の様に、地球をカバーし、以前は数10センチ単位の誤差が、今では、数ミリ以下という信じられないくらいの精度に向上しているからであった。
車の免許制度もなくなり、何かのトラブルが起き、事故が発生した場合に備えての、責任の所在について、
多くの議論があったが、もはや、事故が起きる確率は、0パーセント以下であると、官公庁組織のトップあたる、人工知能省が、公式見解を発表するや、それに追随するかのように、様々な、法律改正が行われ、最高裁の判例も大幅に変わった。
法律自体もシンプルなものになり、暮らしやすく、分かりやすい社会に、変貌していたのである。
以前は、通学途中の子供の列に、車が飛び込んだり、誘拐事件や、殺人、強盗事件などが、たびたび発生していたが、今では、車は、最も安全な乗り物になり、こちら側から飛び込んでも、車の方から、回避したり、止まったりするのである。
また、事故や犯罪を防止するため常に、24時間ドローンが、無数に、空中を漂い、低軌道を飛んでいる衛星と連携しながら、搭載されている人工知能によって、起きるであろう、事故や事件を、瞬時に予測し、未然に防いでいるのであった。
さて、彼はどうしているのかと、ふっと20数年前に出会った後輩の事を、思いだし、調べてみる事にした。
かなり前の事柄でも、脳の片隅には残っているものである。
作品名:文明とは 作家名:森 明彦