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最近小説かけんくなったからいらないのここに捨てる

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 生まれつき持ったものに満足しているそういうひとたちにとっては、「自由に変えられる」世の中になったりしたら、自分の特権がおびやかされることになってしまう。性別にしろ地位にしろ家柄にしろ。
 だから、いつまでたったって社会においては、名前や性は簡単に変えられないし、すべてがオールフリーになる日なんて来ないだろう。
「腐女子、とかいって市民権得たような気になっちゃってるコもいるけど、こういう趣味だって、ほんとはこの先もずっと、隠し通さなきゃいけないものだと思うの」
 地歩は、話をBLのことに移した。
 彼女の中にはそのことしかないのかもしれない。
 蕩子は腐女子としての歴史が浅いし、本当はまだ「腐女子」と名乗れるほどでもないと感じているからこの問題には疎いけれど、アイデンティティにも近いような趣味を「隠す」「隠さない」で揺れるのは滑稽に思える。BLはゲイの人たちの人権を侵害しているから、なんてもっともらしい意見もあるけど、じゃあAVは女性の人権を侵害していないのだろうか。
「おおっぴらに見せびらかすものじゃないのは確かだけど、しまいに異教徒か何かみたいに視線に怯えなきゃいけないのはおかしいよ」
 地歩は、話しながらもキーボードを叩いている。
「見て」
 そのうち完成したらしくて、手招きされた。
 蕩子がおそるおそるのぞき込む先には、美しい男二人が絡み合っている絵が広がっている。できたてほやほやの地歩の漫画だ。コマを追って見ていくうち、蕩子はあることに気づいた。
「なんか、この受の身体……」
 受と表現される、セックスの受動側の青年の股間に、不思議なものがあったのだ。
「それ、処女膜。ついでにつっこんでるのはアナルじゃなくてやおい穴」
 やおい穴、なんて器官はもちろん現実には存在しない。
「何、それ」
「あのね、女のコのアソコみたいに、濡れたり相手の形状覚えたりするの。あくまで位置的にはお尻の穴なんだけど。決して、うんことか出てくる場所じゃないんだよね」
 そんなへんなありえない器官が存在するなんて、人間ですらないような気がするが、腐女子たちは普通に受け入れている。むしろ、ネタとして楽しんでさえいる。
 男性向け漫画で重視される「処女膜」に近いものがあるかもしれない、「やおい穴」は。


「メトロポリス」

 夏になると、身体が熱い。
 四六時中クーラーでエアーコントロールしてもらわないと、肌の温度が上がってしまう。去年の真夏日には、頭がショートしたこともあって、二、三日意識が戻らなかった。普通に活動しているだけでも、熱が上がるような構造になっているので、それプラス気温が高かったりすると、熱射病みたいな状態になるのだ。
(年のせいかなー……)
 横になったまま金色の髪を一束つまんで、○○はゆっくり目を閉じた。銀色に近い灰色の瞳が、白い瞼に隠されて、頬に長い睫毛が触れる。
 何もしなくていいから、寝顔をいつまでも見ていたいと、いつだったか客に言われたことを、ふいに思い出した。
(あのヒトも労咳で死んだっけ。優しかったな……)
 肺のない胸を撫でながら、まるまるはゆっくりと眠りに落ちていく。白い椿が描かれた、真っ黒の贅沢な着物に身を包んだまま、まるまるは少しずつ動かなくなっていった。
 ヨシハラの夏の昼は、長くて気怠い。


 かつてこの地に存在していた、「吉原」という巨大な色街に関する文献が見つかったのは、五十年ほど前だった。その仕組みやそこにいた人々の生き様にえらく感動したらしい
都知事は、文献を参考に、遊郭や遊女を蘇らせる計画を立てた。そして、十年後に完成したのがこの、「ヨシハラ」だ。
 町並みや建物の外観こそ、文献や絵にあった姿を忠実に再現しているものの、中にはやはり、現代の技術を活かした最高の設備が整えられている。遊女のような装いをするにあたって、温暖化の進んだ現代はあまりに暑すぎるため、エアコンがなければ成り立たなかったせいもある。
 まさか、人類が三十世紀を迎えるまで地球が存続するとは誰も思っていなかったのだが、何とか首の皮一枚でつながって、人々は危うく生き続けていた。「日本」と呼ばれていたくにも、「新日本」と名を変えて歴史を重ねている。
 まるまるは、この国の中央都市・大関東に生を受け、十二歳でヨシハラに引き取られることになった。彼女が特殊な少女だったために、親権が国に剥奪されたのである。
 まるまるは、人間の夫婦の間に生まれた子でも、人工授精で作られた子でもなく、法律で製造が禁止されている、アンドロイドだった。機械マニアの男が、違法ダウンロードした設計図を元に、詐欺で集めた金をつぎ込んで作り上げたのである。製造者は、無期懲役の刑に処され、丸まるとは二度と会えないことになった。
 ヨシハラに送られたまるまるは、遊郭の主とごく少数の口の堅い者にだけ真実を伝えて、ここで働くことになった。アンドロイドの少女に遊女がつとまるのかと危ぶむ者もいたが、杞憂にすんだ。
 外見が十六、七に達するまでは成長するように設計されていたまるまるは、ヨシハラでいちばん美しい女になり、太夫の座を継ぐことになったのだった。
「丸丸姐さん」
 カタカタ、と遠慮がちに障子を鳴らす音とともに、幼い声が丸丸を呼ぶ。「禿」と呼ばれる遊女見習いの、飛鳥だ。そろそろ見世にでる時間だから、起こしにきたのだろう。
「ん……」
 まるまるはゆっくりと身体を起こして、伸びをする。胸までの金色の髪が、さらりと落ちた。今からこれを編み込んで、花を飾らなければならない。もちろん、自分ですべてやるわけではなくて、飛鳥が手伝ってくれる。
「お風呂入ってくるよ」
 いつものように、目を擦りながら告げて、まるまるは浴室のほうへ向かった。脱衣所と扉は江戸時代風だが、奥には最先端のシャワールームが控えている。客と二人でも入れるように、浴槽は広く作られ、ピンクの薔薇が湯に浮かんでいた。
 まるまるは、その湯には浸からずに、冷水のシャワーで身体を洗う。機械だから、皮脂などは分泌されないけれど、汗はかく仕様になっている。客と入るときは、人間の相手に合わせて湯船につかるが、一人のときは水でじゅうぶんだ。むしろ、温度があがりやすい身体なので、そのほうが適している。
 自分の裸を鏡に映し、まるまるは改めてながめてみた。もっとも美しいパーツばかりを集めて作られた身体は、人間味がないぶん、神か何かに近い存在に見える。真っ白に少し薔薇色を帯びた肌、くびれた腰、滑らかな腹部。胸も臀部もそれほど張り出してはおらず、いつまでも蕾のような少女のままだ。
 鏡の中で出会う瞳は切れ長の二重で、顎は細く、手足も肩も華奢だった。
 誰もが、うっとりした顔で見て、「きれいだ」とほめてくれるけれど、まるまる自身にはあまりその自覚はない。相手の言葉を否定するのも悪いので、微笑を浮かべて受け入れているだけだ。