ふうらい。~助平権兵衛放浪記 最終章
《最終章 けっぷう》
1
ハナの背中を追って獣道を走り、薮の中を突っ切ってゆくと、比較的広い山道にでた。
月明かりに照らされた山道を、せかせかと早足で歩く三人組の後ろ姿がすぐそこにみえる。
「よう!」
権兵衛はわざと陽気な声をあげた。
ぎくり背中を強ばらせて用心棒たちが振り返る。
「どこへゆくんだ? 村はそっちじゃないぜ」
「な、なんだ貴公か」
塚田がおもねるように顔を歪める。
「おぬし、あの松明の列をみなかったのか?」
岩尾が青ざめた顔でいう。
「だから?」
権兵衛が先をうながした。
「どうやら、おぬしはおれたちを引き留めにきたようだな」
梶木がちらりと傍らのハナをみやって口を開いた。
「それは無駄だぞ」
「あんたら、用心棒としてカネをもらっているんだろう? ここで逃げたら泥棒だぞ」
「しゃっ、こやつ!」
顔面に朱を刷いて塚田が鍔元に手をかける。
梶木が塚田を制して権兵衛の前にでた。
「なんとでもいえ。ひとつしかない命だ、お互い大事にしようではないか」
梶木もさりげなく鍔元に手をあてている。いつでも抜ける態勢だ。
「一度しかいわぬ。村にもどれ」
「やかましい!」
ついに塚田が大刀を抜いた。つられて他の二人も白刃を抜き放つ。
「ハナ、退がっていろ」
ハナが後ろに退がり、充分な距離をとる。
権兵衛も無造作に大刀を抜き、すり足で一歩前に進みでた。
「やるか!」
塚田が剣尖を震わせてわめいた。
「先に抜いたのはおまえらだ」
ザザッと砂利を蹴立てる音がして権兵衛は三方を囲まれた。
「逃げられぬぞ。雑言、あの世で悔やむがいい」
梶木が瞳と刃を光らせてにらむ。
「悔やむのはどちらかな」
「死ねい!」
三人同時に襲いかかってきた。
塚田は上段から。
岩尾は中段の突き。
そして梶木は下段からの斬りあげ。
瞬間――
月光を跳ねあげ、権兵衛の刃が風を巻いた。
颶風のように木ノ葉が舞いあがる。
弾かれたように血煙が噴いた。
虚空に鮮やかな血の虹を描いて三人の体がゆっくりとくずおれた。
地に伏した三人の死に顔には驚愕の相が張りついている。
権兵衛は残心の構えのままつぶやいた。
「チクショウ……また斬っちまった」
背中に新たなひとの気配がして権兵衛は振り返った。
「!…………」
小袖の袂でハナの眼を覆った妙の姿がそこにあった。
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ハナの背中を追って獣道を走り、薮の中を突っ切ってゆくと、比較的広い山道にでた。
月明かりに照らされた山道を、せかせかと早足で歩く三人組の後ろ姿がすぐそこにみえる。
「よう!」
権兵衛はわざと陽気な声をあげた。
ぎくり背中を強ばらせて用心棒たちが振り返る。
「どこへゆくんだ? 村はそっちじゃないぜ」
「な、なんだ貴公か」
塚田がおもねるように顔を歪める。
「おぬし、あの松明の列をみなかったのか?」
岩尾が青ざめた顔でいう。
「だから?」
権兵衛が先をうながした。
「どうやら、おぬしはおれたちを引き留めにきたようだな」
梶木がちらりと傍らのハナをみやって口を開いた。
「それは無駄だぞ」
「あんたら、用心棒としてカネをもらっているんだろう? ここで逃げたら泥棒だぞ」
「しゃっ、こやつ!」
顔面に朱を刷いて塚田が鍔元に手をかける。
梶木が塚田を制して権兵衛の前にでた。
「なんとでもいえ。ひとつしかない命だ、お互い大事にしようではないか」
梶木もさりげなく鍔元に手をあてている。いつでも抜ける態勢だ。
「一度しかいわぬ。村にもどれ」
「やかましい!」
ついに塚田が大刀を抜いた。つられて他の二人も白刃を抜き放つ。
「ハナ、退がっていろ」
ハナが後ろに退がり、充分な距離をとる。
権兵衛も無造作に大刀を抜き、すり足で一歩前に進みでた。
「やるか!」
塚田が剣尖を震わせてわめいた。
「先に抜いたのはおまえらだ」
ザザッと砂利を蹴立てる音がして権兵衛は三方を囲まれた。
「逃げられぬぞ。雑言、あの世で悔やむがいい」
梶木が瞳と刃を光らせてにらむ。
「悔やむのはどちらかな」
「死ねい!」
三人同時に襲いかかってきた。
塚田は上段から。
岩尾は中段の突き。
そして梶木は下段からの斬りあげ。
瞬間――
月光を跳ねあげ、権兵衛の刃が風を巻いた。
颶風のように木ノ葉が舞いあがる。
弾かれたように血煙が噴いた。
虚空に鮮やかな血の虹を描いて三人の体がゆっくりとくずおれた。
地に伏した三人の死に顔には驚愕の相が張りついている。
権兵衛は残心の構えのままつぶやいた。
「チクショウ……また斬っちまった」
背中に新たなひとの気配がして権兵衛は振り返った。
「!…………」
小袖の袂でハナの眼を覆った妙の姿がそこにあった。
作品名:ふうらい。~助平権兵衛放浪記 最終章 作家名:松浪文志郎