家族の季節
妻の冬(三)
翌日、葉子は理恵子に詳細を話した。
「理恵子さんの心配した通りだったわ。死別で子どもなし、最悪の組み合わせだったみたい」
「お義母さん、今度、気分転換にみんなでどこかへ出かけましょうか?」
「そうね、思ったよりエネルギーを使った気がするわ」
葉子はそう言ってため息をついた。しばらくは何も考えずに婚活は休もうと思った。ところが案外気持ちは早く切り替わり、時間を無駄にしたくない、そんな思いが沸々と湧きあがってきた。
そんな時ちょうど、サイトが開く婚活パーティーの告知を見て、葉子は出席することにした。五十七歳にこだわっている自分がどこかにいた。もう来月にはひとつ歳をとってしまう。
婚活パーティー当日、フォーマルに身を包んだ葉子を見てとうとう直人が口を出した。
「母さん、この頃どうかしちゃったんじゃないか? 歳を考えろよ、歳を!」
「ええ、考えすぎるほど考えてるわよ!」
葉子は呆れる直人をおいて家を出た。
パーティーといっても中高年向けなので、右を見ても左を見ても年配者ばかりの退屈なものだった。
女性は座っているだけで、男性が回転ずしのように次々とテーブルを回ってくる。みんなそれなりにオシャレをして、きっと普段とは全く違う姿で参加しているのだろう。そういう自分も、出かけに息子に呆れられて出てきたくらいだから。
話してみたい男性など一人もいなかった。仕方なくフリータイムは隅の椅子に座り、あたりの様子をぼんやり見ていた。みんな頑張っている。到底自分には真似できない。
「お目当ての人には巡り合えませんでしたか?」
そう話しかけられて横を見ると、七十歳位の初老の男性が座っていた。
「ええ、まあ。ちょっと考えていた雰囲気とは違ったみたいで」
ここまで年上だと逆に話しやすく、時間をつぶすのにちょうどいいかもしれない。
「歳をとってひとりは本当に淋しいですよ」
「そうでしょうね」
すると、男は自戒の念を込め、自らの晩年を語り始めた。
「私は十年前に妻と離婚しました。定年の翌年でした。
今考えても、これだという決定的な離婚の理由が思い出せないんですがね。熟年離婚などという言葉が世の中に流行りだし、それに乗せられてしまったのかもしれませんね。定年で毎日顔を合わせるのが耐えられなくなった、そんな理由くらいしか思い浮かばんのですよ」
葉子はその男の話に耳が釘付けになった。
「離婚後、五年ほどして独身を謳歌するのにも飽きた私は、なぜか別れた妻のことが妙に気になりだしましてね。
幸せに暮らしているならそれでいいと思い、そっと様子を見に行ってみると、妻は施設にいました。久しく連絡を取っていなかった息子の話では、離婚後、しばらくして妻の様子がおかしくなり、認知症であることがわかったそうです。淋しがり屋の妻には、ひとり暮らしが耐えられなかったのでしょう。
私が会いに行くと、五年ぶりだというのに私の顔を見てすぐに私の名を呼びました。誰の顔もわからないはずなのに、なんと私のことだけは覚えていたんですよ。
それはうれしそうに、満面の笑みで私を迎える妻……切なさと後悔で胸が締め付けられた私は、妻の手を握り、ただただひたすら詫びました」
葉子の頬に涙が伝った。
「ひと月かなあ――いっしょにいられたのは。肺炎を起こして妻は亡くなりました。
考えようによっては最期だけでも一緒にいてやれたのが救いだった気がします。あるいは妻の執念が私を呼び戻したのかもしれません。とにかくつれあいというのはそういうものです。簡単に別れてはいけない。
『本(もと)木に勝る末(うら)木なし』
と言いますから」
ハンカチで涙をぬぐう葉子を置いて、初老の男は立ち上がった。
「さあ、茶飲み友だちでも探すとするか」
そんな独り言をつぶやきながら老人は去って行った。
家に戻ると、葉子は理恵子に控えめな微笑みを投げかけた。