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月とコンビニ
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スパイの嗅覚

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スパイの嗅覚
【著】鶴城松之介


 おれはドッグ。即ち犬。麻薬捜査犬として今、空港をパトロールしているところだ。さて肝心の麻薬密売人のことだが、今日の収穫はゼロとなっている。もちろん、ゼロにこしたことはないのだが、その理由は本当に誰も持ち込んでいないからではない。
 おっと、怪しいやつだ。おれは挙動不審な男の後をつける。そいつは小型のリュックを背負って誰かを探しているようだ。空港にいる人物としては、荷物が少なすぎる。何処かに荷物を置いているのかもしれないし、挙動の不審さもただ誰かを探しているだけかもしれない。
 後をつける決定的な決断。それはおれの鼻が、奴を捉えたからだ。
 この、効かなくなった鼻が奴を捉えたのだ。



 おれは誰だ。ここはどこだ? なぜここにいる。そう考えながら辺りを見回した。その場にある小さなものを見落とさないよう一つ一つに焦点を合わせるが、なにも思い出せない。
 ポケットに手を入れると何か入っていることに気がつく。おれの名は慶太。阿久津慶太。そうパスポートに記載されていた。日本人のようだ。
 さて、なぜおれ阿久津慶太は空港でパスポート一つなのだろうか。記憶はどこで落としてきたのだろうか。それを探ろうと再度、辺りを見回しているとおれに近づいてくる人物がいた。いや、勘違いだろうか、何も思い出せない自分には不安しかない。
 その男は小型のリュックをおれに押し付けて、そのまま流れるように歩いていった。



 私は連邦工作員コードⅥ。所謂スパイ組織の一員だ。ある重要な任務についているのだが、次のステップに進むための指令が来ない。本部で何かあったのか、あるいは指令を送る使者に問題があったのか。私はただ待つことしかできない。
 とこで私は暇な時間を使い、昼食に回転寿司というものを食した。本国アメリカでも回転寿司というものはあったのだが、やはり本場は違う。とくにわさびが違うな。あの鼻に抜ける間隔は中毒性の高い麻薬のようなものだと感じる。わさび寿司があってもいいのではないだろうか。
 そうおもって特注で頼んだのが仇となったのだろう。腹を下してしまった。
 トイレはどこだ。私は脂汗を流しながら必死で探すこととなった。やっとの思いで見つけたトイレに篭ること十分。リュート・アウガッサ宛へメールが届いていた。「新しい指令は空港に派遣した仲間が持っている、探し出して引き継いでくれ」そういう内容だった。
 その仲間とはどのようなやつだ。大雑把な指令過ぎる。本部は、何か急いでいないか?



 おれは連邦の指令配達員。仲間のスパイに指令と荷物を受け渡す役目だ。今回の規模は今までで最大級の任務なのだ。
 なぜおれがこの任務についたのだろうか。疑問は尽きない、おれの本来の役割は連邦の日本支部経理のはずだ。何かがおかしい。どこかで指令に齟齬が生じていると考えることが疑問を解決する最大の手段だ。
 だが指令は指令。私はこの小型リュックを日本人名「阿久津慶太」に渡さねばならない。それ以前の彼の名は知らない。おそらく処分しているだろうし、その名を知らせる意味もないのだろう。顔写真から判断するしかないのだが、この空港の人数だ、とてもじゃないが経理程度の目では探すのに時間がかかる。
 パスポートを開いて立ち止まる男がなんとなく目に入った。



 昼食を食べていた時だ。私リュート・アウガッサは回転寿司屋のカウンター席でわさび寿司を注文していた。そのとき隣りに座っていた男がトイレのため席を立ち、コートを落とした。それを拾おうとしたとき、私のコートにひっかかり、一緒に落ちてしまったことを思い出した。
 個室トイレの扉にかけたコートを着直そうとして、自分のコートでないことに気がついたことで記憶をたどる。
 その後男を見つけることはできなかったが、ポケットには新しいパスポートを入れていたはずで、この国でのスパイ活動に非常に重要なアイテムとなっているため、一刻もはやく探し出さなければならない。
 私は手を洗うのも忘れトイレを出た。



 おれは三枝光成。ここだけの話、教師をやりながらスパイをしているのだ。この空港にテロリストが潜んでいるという情報が入ったため、捜査のため潜入している。
 大きなミスはなかった。正体を知っているものもいない。
 しかし、おれは後をつけられている。先ほど回転寿司を食した私だが、あの店を出た頃から何者かが付けてくる気配を感じるのだ。
 人気のない場所へ誘導して場合によっては尋問しよう。そう思って誘い込んだのはいいが、なんてことだ。こいつのことは知っていた。まさか内部の人間だったとはな。
 驚いた瞬間、首筋に電撃が走って倒れた。逃げていく裏切り者を薄れ行く意識の中で確認しておいた。……そして、目覚めた時におれは記憶がなかった。



 鼻の効きが悪くなったのは、おれが年を取ったということなのだろうか。そろそろ麻薬捜査犬も引退のときかもしれない。
 その最後を花で飾ろうと強大なテロリストの捜索に全神経を集中していた。
 怪しい香りはリュックから。3,2,1で飛びかかる。



 私のコートを持っていったやつは誰だ。パスポートの名が荷物受け取りの暗号となっているのだ。
怪しい動きをしている者、周囲に怪しまれている者、なんでもいい早く見つけねばならない。……あの麻薬捜査犬、何かを追っているぞ。……そうか、リュックの男、あのコートは私のコートだ! 見つけた。
私は走り出して男に飛びかかった。



 気づいたときには遅かった。犬と男がおれに襲い掛かってくる。振り向く体勢から視界に入る犬と男、瞬間の反応に身体の動きが追いつかない。
 おれたち二人と一匹は正面から衝突する。おれの意識が遠のいて、身体に力が入らない時間が数十秒続いた。
 預かったリュックを凶悪に食いちぎろうとする犬の間隔は感じることができるが、防ぐことができず、されるがままに振り乱される。
 リュックが引きちぎられ、走ってゆく犬を捕まえようと手を伸ばすが届かない。少しづつ動けるようになってきたおれは、犬を捕まえようと走るが、なぜあんなにリュックを取り戻さねばならないのだろうか。よく考えてみると意味もわからず持っていたリュックである。
 スピードを緩めたおれの横を、さっき襲ってきた男が猛スピードで走り抜けて行った。リュック目掛けて飛び出していくが、顔をあげると周りには大勢の警官隊、麻薬捜査犬に囲まれていることに気がつく。
 開かれたリュックからは爆発物が大量に出てきた。
 おれはそのまま捕まることとなったが、おれは「阿久津慶太」ではないらしい。するなればおれは何者なのだろうか。そしておれを犬とともに襲ってきた男はコートを奪い何処かへ去っていってしまった。



 おれはテロを未然に防いだらしい。老犬として後輩に威厳を見せつけることはできただろう。しかし、後日の情報によると、リュックはテロリストの物だったが、持っていた男はテロリストではなかったらしい。それどころかおれたちと同じく、テロを防ぐために潜入捜査をしていた仲間だった。
作品名:スパイの嗅覚 作家名:月とコンビニ