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②銀の女王と金の太陽、星の空

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第五章 真実



カモミールの香りがする。

「聖華!しっかりしろ!聖華!!」

聞き慣れた声が、私を呼んでいる。

ハッと目を開けると、間近で綺麗な碧眼が飛び込んできた。

「…太陽…。」

気がつくと、太陽の腕に私は抱かれていた。

心配そうに太陽が顔をのぞきこんでくる。

「どこか、辛いところはないか?」

私は、太陽に手伝ってもらいながら体を起こす。

ちょっとだけ、殴られた首の辺りにまだ余韻が残っている感じだけれど、あとは特にない。

「えー…っと。」

状況がつかめない私は、辺りをぐるりと見回した。

「部屋に帰ってきたら、聖華が倒れていたんだ。ほんとに驚いたよ。」

(ああ、そうか。)

私は太陽に向き直りながら、あったことを話した。

「太陽を探してたら、いきなり羽交い締めにされて、ここに、引きずり込まれて、首の後ろを殴られたんだった。」

太陽は私の手を引いて立ち上がらせると、テーブルまで移動する。

そして椅子に腰かけて、カモミールティーを淹れ始めた。

私も近くの椅子に腰かける。

「僕の部屋に、誰かが潜んでたってこと?」

甘いカモミールの香りが、部屋に広がる。

「何かの罠かな…。」

太陽の呟きに、私は空の言葉を思い出した。

『罠を仕掛けたいんだが…。』

(まさか…。)

考え込む私の前に、カモミールティーが置かれる。

「とりあえず、それ飲んで落ち着いたら私室まで送るよ。」

太陽は、その大きな碧眼を半月にして、穏やかに微笑む。

私もその微笑みに笑顔で応えて、カモミールティーに口をつけた。

飲んでしまうと、体がポカポカ温まってきた。

「そういえば…。」

太陽が椅子に深く腰掛け、長い足を高く組みながら私を斜めに見る。

「昨日の襲撃の報告に行ったら、聖華の結婚話が出たよ。」

私は太陽におかわりのカモミールティーをもらいながら、小さく頷いた。

「銀河に聞いた。」

太陽は僅かに目を見開くと、口許に人差し指をもっていった。

「へえ。」

言いながら、斜めに私を見る。

「口説かれた?」

冗談ぽく言うけれど、僅かな殺気を感じる。

「素直に告白された。そして」

私は太陽をまっすぐに見つめて、姿勢を正した。

「銀河は、太陽と私が恋愛関係にあると勘違いしていたようで、太陽と結婚する方法をふたつ提案してくれた。」

太陽は椅子から立ち上がると、私の前に立った。

「僕たち、『恋愛関係』じゃないの?」

言いながら、私の頬に手を添える。

その瞬間、体の芯に甘い痺れがはしる。

「え?」

(なんだか、空の色術にかかった時のような感じ…。)

太陽はなおも私に迫る。

「僕のこと、ほんとは好きでしょ?」

太陽の顔が近づいてくる。

「え!?いや、それはないって昨日も…。」

顔を背けながら必死で言うけれど、体の疼きはどんどん募っていく。

「た…太陽、もしかしてカモミールティーに何か…混ぜた?」

太陽は私の肩をつかむと、妖艶な微笑みを浮かべた。

「既成事実さえ作っちゃえば、結婚せざるを得なくなるでしょ?聖華も。」

(ええ!?)

「今朝の謝罪はなんだったの!?
またタガが外れたって言うの!?」

必死で抵抗するけれど、疼きがどんどん強くなり、呼吸が浅くなっていく。

「今朝のは、心の底から謝罪したよ。でも正攻法じゃ落とせないみたいだし、落とせないんなら、身分が邪魔して夫君候補にもなれないことがわかったから、聖華を手に入れる為には既成事実作るしかないと思ってさ。」

太陽は、逃げる私を捕まえて顔をのぞきこむ。

「なんだ、嫌がる割にはその気になってるじゃない。」

火照る私の顔を見て、太陽は、妖艶に微笑む。

「これは、太陽が何か混ぜたからでしょ!」

疼きをふり払うように、私は強い口調で言う。

「どうしてこんなことをするの!!」

太陽は私を捕まえると、横抱きにする。

必死で抵抗するけれど、力で敵うはずもなかった。

「僕は、聖華も手に入れたいし、王にもなりたいんだ。」

太陽はベッドに私を下ろすと、そのまま組み敷く。

「聖華と結婚すれば、聖華は僕のモノだし、王にはなれなくても『夫君』として王位継承第二位になり、玉座と肩を並べることができるでしょ。」

太陽の顔をみると、湖のように美しい碧眼が、沸騰しそうなほど熱く激しい熱情を含んでギラリと暗く光っていた。

「そうなったら、『妾腹』と見下してきた奴らを、そこから見下ろしてやりたいんだ。」

その瞬間、じゃらりと金属の音がした。

「!」

いつのまにか太陽の後ろに空が立っていて、彼の首に鎌をかけている。

太陽は、ゆっくりと私から手を離す。

「空!」

私はベッドから飛び降りると、空の胸へ飛び込んだ。

空は私を見下ろすと、その切れ長の黒水晶の瞳を三日月に細める。

「待ってな、すぐに楽にしてやるから。」

見れば、空は不思議な武器を手にしている。

先端に分銅がついた鎖は、その反対側には鎌がついていて、それが太陽の首をとらえていた。

「これでいい?ご依頼主の方々。」

飄々とした口調で空が言うと、物陰から将軍と銀河が出てきた。

「やはり…罠だったか!」

太陽が、悔しげに掠れた声で呟く。

「そういうこと。」

飄々と答える空に、太陽は低く唸る。

「昨夜、僕を『応援する』と媚薬をくれたのは、罠だったんだな。」

「ついでにおまえにも術をかけて、理性がきかなくしたのはナイショ。」

空が軽い口調で言った瞬間、太陽が崩れ落ちた。

(気を失ってる…。)

将軍も銀河も初めて目の当たりにする空の強さに、目を丸くしている。

何が起きたのかわからない、一瞬のできごとだった。

空は私に向き直ると、例のミントの粒を口に入れてくれる。

噛むとミントの強烈な刺激で涙が溢れるけれど、体のどうしようもない疼きから解放されるのでほっとする。

私が一息ついたのを確認すると、銀河と将軍は、私の前に跪き、頭を垂れた。

「女王様を囮に使うなど…申し訳ありません。」

「この処分については、いかようにも…。」

「いや、提案して、許可なく実行したのは俺だから。」

二人の言葉を、空が遮った。

「ちょうど女王がいい場所をうろついてたから、この機を逃すのは勿体無いと思ってさ。」

そして軽い口調のまま、悪びれることなくさらっと言う。

「怖い思いさせて、ごめんなー。」

「いや、謝ってないだろ、それ。」

鋭い銀河のツッコミに、思わず笑ってしまう。

そんな私たちの横で、将軍は床に膝をつくと、太陽の頭を優しく撫でた。
そして倒れている太陽を、静かに肩に担ぐ。

その表情はとても憂いに満ちていて、複雑だった。

(太陽は、将軍の息子だもんね…。)

「太陽は、どうなるの?」

私が将軍に声を掛けると、将軍は静かに私を見た。

「とりあえず、牢につなぎます。
まだ確認しないといけないことがありますし…。」

私はその言葉に、息を呑む。

「…私の家族の暗殺も太陽が…、ってこと?」

(いや、でも待って。)

「兄の暗殺は置いておくとして、父と母の暗殺は…まだ私たちは幼かったじゃない…。」

将軍は何も答えない。