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健やかなる時も、病める時も……

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 自身も祖母に育てられ、淑乃の祖母に対する気持ちを良く知っている徹には、『それでも』とは言えない……二人の間に重苦しい空気が流れた……お互いを思うからこその……。


「淑乃……」
「なあに? お祖母ちゃん」
 淑乃は病室の花を生けていた、いつもどおりの穏やかな口調だったが、振り向いた淑江の目は強い力を持って淑乃を見つめていた。
「徹さん、外国へ行くのかい?」
「え?」
「隠してもわかるよ、お前、近頃時々思いつめたような目をしているじゃないか……そうなんだろう?」
「……え……ええ……マレーシアですって……」
「どれくらい?」
「十五年……」
「そんなに長く……付いて来て欲しいとは言われなかったのかい?」
「……」
「どうなんだい?」
「……」
「言ってくれたんだね? そうなんだろう?」
「……言って……くれた……」
「お前の気持ちはどうなんだい?」
「私は……」
「自分の気持ちに正直におなり……」
「だけど、お祖母ちゃんが……」
「淑乃……良くお聞き……あたしは早くに夫に先立たれたし、娘にまで先立たれた……大きな悲しみを二つも経験したわ、でも、不幸せな人生だったとは思わない、優しい夫に巡り会えたんだし、良い子にも恵まれた……その娘まで亡くなった時はそりゃ悲しかったよ、お前が母親を亡くしたと一緒にあたしも娘を亡くしたんだよ、死んでしまいたいくらいに悲しかったよ……でもね……そんな時、側にお前がいてくれたんだよ」
「お祖母ちゃん……」
「お前はあたしがお前を支えたと思ってくれてるみたいだけどね、あの時、お前もあたしを支えてくれたんだよ、お前がいてくれたから悲しみを乗り越えられたんだよ、お前の父さんも実の息子のようにあたしを大切にしてくれたしね……不幸なこともあったけど、いつでも大切な人が側にいてくれて幸せな人生だったと思ってる、そのあたしが最後に望むのはお前の幸せ……それだけなんだよ、あたしを看てくれようとしているのは嬉しいけど、その為にお前が幸せを逃すんだったら、それはちっとも幸せじゃないんだよ……わかってくれるね?」
「……うん……」
「わかってくれたんだったら、彼に早くそれを伝えなさい」
「はい……」

 淑乃はスマホを取り出すと、徹にメールを打った。
(私をマレーシアに連れて行って……)
 すぐに返信はあった。
(ありがとう、必ず幸せにする)
 それを見せると、祖母はニッコリと微笑んでくれた。

 
 一ヵ月後、病室で徹は淑江と初めて対面した。
「想像したとおりの好青年だねぇ、でも、ちょっと違った所もあるよ」
「え? 何? お祖母ちゃん」
「想像してたよりもちょっとハンサムだったよ」
 病室に柔らかい笑いが流れる中、淑江は徹の手をしっかり握って言った。
「淑乃をよろしくお願いしますよ」
「はい」
 徹も力強く頷いてその手を握り返した。
 そして淑江は淑乃の手を取り、徹の手を握らせてこうも言った。
「繋いだ手を決して離すんじゃないよ……人の幸せはいつでも大事な人が側にいること、大事な人の側にいられること……」
「わかってる……お祖母ちゃん……ありがとう」
 そして、徹が淑乃の指に指輪を通すと、その繋いだ手を両の掌で包み込んだ。
「結婚式が楽しみだねぇ、出席できるといいんだけど」
「車椅子でもなんでも出席して下さい」
「そうよ、お祖母ちゃん」
「でもねぇ、それは神様が決めること……二人とも一つだけ約束しておくれ」
「なぁに?」
「あたしに何があっても式を延期したりはしないでおくれね」
「お祖母ちゃん、そんなこと言わないで……」
「でも、きっとそうしておくれ、あたしはどんな形にせよ、二人の結婚をお祝いしたいんだから……」



 淑江が亡くなったのは、病室での婚約の二ヵ月後だった……。

「淑乃……これをご覧」
 病室を片付けている時、父がロッカーに小さなレジ袋を見つけて淑乃に差し出した。
 中に入っていたのは手編みのレースの肩掛け……弱々しい字で「幸せにね」と書かれたメモと一緒に。



 今、淑乃はその肩掛けをウェディングドレスの上に纏って結婚式に臨んでいる。
「はい、誓います」
 その言葉は祖母が言わせてくれたもの……。
 神父様の口から出た誓いの言葉は祖母が自分に注いでくれた愛情そのもの。
 そして、同じ誓いを立ててくれた人が今隣に……。

 教会の扉が開き、祝福のライスシャワーが降り注ぐ中、徹は淑乃の肩を抱き寄せた。
 あのレースの肩掛けと一緒に……。


(終)