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第四章 動乱の居城より

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 だが見えないというだけで、どうせ盗聴器と隠しカメラの巣窟なのだろう。そう思って、シュアンは鼻をならした。
「今、お茶をお出ししますね」
 波打つ髪を翻したミンウェイに、シュアンは「結構だ」と言い放ち、遠慮なくソファーに座った。そのあまりの座り心地の良さに、さてどんな商売で儲けているのやらと、邪推してみたくなる。
「随分と余裕だな」
 シュアンは柔らかな背もたれに体を預け、足を組んだ。だらけた姿勢によって目線は低くなるが、挑発的に顎を上げ、腫れ上がったような瞼も三白眼で押し上げる。
「鷹刀イーレオの部屋に、あれだけの人数の警察隊を入れてよかったのか? ご自慢のセキュリティとやらも、あれじゃ形無しだな」
 そんなシュアンの言葉に、ミンウェイは赤い紅の引かれた口の端を上げて微笑んだだけだった。
 少しは緊張感を見せるかと思っていたシュアンは、肩透かしを食らった。と同時に、執務室には大勢の伏兵が隠れていたのだと確信する。護衛がひとりだけなど、おかしいと思ったのだ。ひと口に凶賊(ダリジィン)といっても、派手好きで強欲な斑目一族などとは違い、鷹刀一族は用心深く、抜け目ない。
 シュアンは、ソファーに寄りかかっていた背を起こした。落ち窪んだ眼球が、飛び出さんばかりにぎょろりと見開き、ミンウェイの美貌を捕らえる。彼は、見えないものを手探りで掴もうとでもするように、ゆっくりと切り出した。
「あの警察隊……偽者だぜ?」
 ミンウェイは表情を変えなかった。相変わらずの微笑を口元に載せたまま、小さく首肯する。
「そうでしょうね」
 その返答にシュアンは鼻息を漏らし、再びソファーに背を投げ出した。肘を背もたれに載せ、鷹揚に顎を上げる。
「やはり気付いていたか」
「ええ」
 何を言っても、ミンウェイは柔らかに躱していく。シュアンとしては、彼や警察隊に少しは恐れをなしてほしいのだが、そうもいかないらしい。
 こんなやりとりに時間を食っていても無駄だ――シュアンは、ぼさぼさに絡み合った毛髪を制帽で押さえつけているような頭を振るった。ひとつ、息を吐いて、三白眼でミンウェイを睨(ね)め上げる。
 そして、口火を切った――。
「あんた、俺の目的は何かと聞いたな? ――教えてやるよ」
 シュアンは、赤い舌で口元を舐める。彼の唇が濡れたように光った。
「俺は、鷹刀と手を組みたい」
 果たして――ミンウェイは動じなかった。
「そんなことだろうと思っていました。お祖父様と直接、お話できそうにないから、私に接触を図った――違いますか?」
 僅かに傾けたミンウェイの首筋から、波打つ髪が一筋、転げ落ちる。
 まったくこの女は聡い。――シュアンの心がざわつく。穏やかな顔で苦笑といった笑みを漏らす綺麗な顔を、ずたずたに斬り裂いてやりたいような衝動さえ浮かぶ。
「……その通りだ。あんたは総帥に近いところにいる人間だ。あんたの口添えがあれば、鷹刀イーレオも協力してくれるだろう」
「申し訳ありませんが、お断りします」
「ほぅ? 何故、断る?」
 シュアンはわざとらしいくらいの甲高い声を上げ、腫れぼったい瞼を吊り上げた。予想外とばかりに驚いてみせる悪相。だが、それは見せかけで、初めからこの女から色良い返事がもらえるなどとは思ってはいない。
「警察隊の俺とパイプを持ちたくはないのか?」
 わざとらしいほどに嫌らしく、誘い込むようにミンウェイの顔を覗き込む。対して、ミンウェイは小さく息を吐いた。
「……やっと理解できました。あなたの過剰なまでの挑発行為は、警察隊としての権力の誇示だったんですね」
 まるで、子供の自己顕示欲のような物言いに、シュアンは鼻に皺を寄せる。
「なんとでも言うがいいさ。だが、まさか、あんな行動を取った俺が鷹刀と繋がっているなんて、誰も疑いはしないだろう」
「そうですね。……けれど、あなたの真意が見えない以上、私はあなたに協力する気になれませんね」
 話にならないとばかりに首を振るミンウェイに、シュアンはにやりと嗤いかけた。狂犬の牙がちらりと覗く。
「理由は単純だ。――情報が欲しい」
 強い語気だった。彼はそのまま口調を弱めずに続ける。
「勿論、鷹刀の情報を寄越せとは言わない。他の凶賊(ダリジィン)のものでいい。他所の情報を警察隊の俺に漏らすことは、あんたらにとって損にはならないはずだ」
「ですが……」
「警察隊が入手できる情報なんて、たかが知れているのさ」
 ミンウェイが言いかけたところを遮り、シュアンは畳み掛けた。彼はゆっくりと体を起こし、諭すように言う。
「――ギブ・アンド・テイクだ。俺も、警察隊の内部情報を教える」
 嗤った口の中で白い歯が光るが、血走った三白眼には嘘はない。彼は真実、鷹刀一族の助力を必要としていたし、自分の属する組織に対しての裏切り行為に、なんのためらいもなかった。
 シュアンの調べたところ、鷹刀一族というのは凶賊(ダリジィン)としては異質だった。より正確にいえば、鷹刀という一族が、ではなく、現総帥の鷹刀イーレオという男が、である。
 先代の三男であり、父親を殺害して総帥位を奪った男であるが、実のところ悪事と言うほどの悪事は働いていない。加えて、よほど規律を厳しくしているのか、一般の人々には手を出さないことが、末端の者たちにまで徹底されている。
 総帥の代替わりは三十年以上前のことであり、シュアンが生まれるよりも前だ。その頃の話を引退間近の老齢の警察隊員たちに聞くと、彼らは皆、一様に震え上がる。先代が大層、非道な行いを繰り返していたのは、まず間違いない。けれど、イーレオのことも逆らう者を皆殺しにした悪鬼だという。
 情報の欠片を掻き集めた結果、鷹刀イーレオという男は、任侠の徒というやつなのではないかと、シュアンは推測する。決して善人などではあり得ない。しかし、筋さえ通っていれば善悪を問わずに受容をし、懐に入った者には仁義を尽くす。
 シュアンは、利を得るためになら彼の上官のような男と懇意にするのも厭わない。しかし、彼が真に協力関係を築きたいのは、鷹刀イーレオのような男なのである。
「――それでも、お断りします」
「何が不満だ?」
 ミンウェイの芳しくない反応に、シュアンは今度こそ本気で詰め寄った。
「あなたから教えられた情報が罠でない保証など、どこにもありませんから」
「臆病だな、あんた。俺も、あんたらに垂れ込まれるリスクを負っているんだぜ?」
「あなたこそ、どうして危険を犯してまで凶賊(ダリジィン)の情報にこだわるのですか?」
 ミンウェイの疑問は当然だった。だが、彼女は訊くべきではなかった。
「俺の家族は、凶賊(ダリジィン)に殺されたのさ」
 低く告げたシュアンに、ミンウェイは、はっと顔色を変えた。
「すみません。噂を聞いたことがありました……」
 遠慮がちに落とされた声には、今までの彼女とは違った柔らかさが込められていた。その意外な温かさに、シュアンは彼女の本質を悟る。
 刹那、シュアンの血走った目が狂気を帯びた。飢えた狂犬が、食らいつくべきものを見つけ、だらだらと涎を垂らし始めた。
「俺が餓鬼のころ、凶賊(ダリジィン)同士のくだらない抗争に巻き込まれたのさ」
作品名:第四章 動乱の居城より 作家名:NaN