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わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
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謝恩会(中編)~手からこぼれ落ちる~

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「そうそう、初音さん! 高村さんからも話きいたわー素敵なお姉さんがおってうらやましいなあ。うちのお姉ちゃんなんか口うるさいばっかりで……」

 顔を赤くした悠里が取り繕うのがおかしくて、湊人はまたしても吹き出してしまった。

「なんだよ、オレの好きな人が気になるのかと思って、ちょっと嬉しかったのに」
「ちちち違うねん……そういうつもりはこれっぽっちも……」

 耳まで真っ赤にした悠里がおかしくて、湊人は笑いながら「いいよもう」となだめた。顔の温度を下げるつもりなのかかくすつもりなのか、悠里はけんめいに頬をこすっている。

「おまえは健太が好きだったんだろ?」

 湊人がそう言った途端、悠里は手の動きを止めた。硬い表情でじっと湊人を見てくる。あの瞳に見つめられるたびに決意が揺らいでしまうけれど、もう逃げない、と湊人は思った。

「あんだけ仲良けりゃ、そりゃ牧も心配するよ」
「別にあたしはそんなつもりは……」
「健太も同じこと言ってたけど、その気がなくても周りにはそう見えてたってことだよ。倉泉と健太が二人で道場に通ってること、牧はずいぶん気がかりだったみたいだけど、おまえにそんな気はないって言われたらそれ以上は責められないだろ」

 話すうちに、さざ波立っていた感情が落ち着くのを感じた。自分だって晴乃と同じで二人の関係を危ぶんでいたわけではない。ただいつまでも周りがそう見ていることを認めない二人に苛立っていたのだ。

「……ほんまの『好き』やったかどうかは、今でもようわからんねん」

 うなだれた悠里がぽつりとつぶやく。行き場なくさまよう指先から嘘でもごまかしでもなく、いまだに悩みのさなかにいることがうかがえた。

「友達としての『好き』と、それ以上の『好き』の境目があたしにはわからへん。ルノのことを考えたら、本気で好きになるのはあかんてことは、わかってたし。ずーっとずーっとそう考えてたら、『好き』が何なんか、わからんようになってしもた」

 悠里は困ったように眉を下げる。

「坂井くんはわかる? その境目」

 恋愛経験などまともにない自分に聞かれても「さあ……」と答えるしかない。ただ、自分自身はその境目を越えた先にいることは間違いなかった。

「好きだった、でいいんじゃないの?」

 湊人の言葉に悠里は目を丸くする。

「それで失恋したってことにして、次に行けばいいだろ?」

 破裂しそうになる心臓をこらえながら、湊人はしれっと言った。悠里は「そんなんできたら誰も苦労せんわぁ」と笑っている。

「でもありがとう。ちょっと前に進める気がする」

 そう言って組んだ手を伸ばす悠里を見ながら、救われたのは自分の方だと思った。手の傷を見るたび全身を覆いつくした黒い靄はいつの間にか晴れて、指の先にはぼんやりとピアノの鍵盤が見えている。

 悠里が携帯電話の電源を入れると、すぐさま電子音が鳴った。画面をタップしながら、悠里が笑い声を漏らす。

 画面を湊人に向ける。緑色の画面に困った顔でしょんぼりしている茶色いウサギと、腕組みをしている体の長い犬がいる。

「ウサギがサラで、長い犬がルノ。二人とも、あたしらの心配してるんや」

 笑いながら何やら画面を操作する。タップすると今度は歯を見せて笑うパンダと、ピアノを弾くライオンが表示された。

「わかる? 坂井くん。あたしだけやなくて、あたしと坂井くんの二人やで」
「……うん、今なら少しわかる」

 心が温まるのを感じながら湊人はつぶやく。その言葉に悠里は「少しだけやなんて、ほんま強情やなあ」と湊人の肩を叩く。

「二人が心配してるから戻ろう。きっと高村さんもまだ待ってくれてるやろ。うちのお兄ちゃんもMMもおるし、サプライズ曲の練習がんばろう!」

 そう言って手のひらを掲げたので、湊人は勢いよくタッチを交わした。悠里のタッチは思ったより強くて思わず「いってー」と漏らしてしまったが、それもまた笑いに変わる。

「あたしらの気持ちはわかっても、篠原くんの気持ちはやっぱり……わからんかな?」

 ライトバンから降りながら、悠里が遠慮がちに聞いてきた。にわか雨だったのか、湿った街の中に陽の光が落ちている。

「健太の気持ちは……わかりたくないっていうんじゃなくて、オレが勝手に決めちゃいけないと思うから」
「じゃあやっぱりちゃんと聞かなあかんな」
「うん……オレもちゃんと話すよ」

 「QUASAR」のカウンターでは変わらず宮浦が待機していた。黙ったままスタジオの防犯カメラ映像を指さす。そこには変わらず晴乃とサラ、要がいる。一時間も経っているのに帰らなかったことを感謝するほかなかった。

 スタジオに入ったとき、最初にふりむいたのは晴乃だった。なぜかベースをケースに収めると、怖い顔つきでにじり寄ってくる。

 勝手に飛び出したことを怒られるのかと思いきや、彼女の足取りは重かった。サラに背中を押され、じりじりと悠里に近づいていく。

「ほら、ルノもちゃんと言いたいこと言わんと、な?」

 サラにうながされ、晴乃が唾を飲み込むのがわかった。こちらはこちらで何か話し合っていたのだろうか。

「あのな、悠里……」

 その言葉に悠里が身構える。結んだ口元から、もう逃げないという意思が見える。

「健ちんと二人だけでおるのは、やめにしてくれへん?」

 彼女の口から出たのは意外な言葉だった。いつもサバサバとしていて器量よく吹奏楽部の部長や生徒会をこなしているのを見ていただけに、悠里も目を丸くさせている。

「二人にそんな気がないってことはようわかってる。でも二人が一緒におると思うと、胸の内がじくじくするんや。嫌な考えばっかり押し寄せてきて、ほんまに自分が嫌いになる。私は悠里も健ちんも好きでおりたい。嫌いになんかなりたくない。だから悠里……」

 言い終わらないうちに、晴乃はポタリと涙をこぼした。くちびるが震え、それ以上言葉を紡げない。嗚咽をあげる晴乃の肩を、サラがさすっている。

 悠里はそっと晴乃の手を取ると、ささやくように言った。

「……ごめんな、ルノ。嫌な思いさせて」

 瞳に涙をためた晴乃がじっと悠里を見つめる。そのまなざしを悠里はまっすぐに返す。

「もうルノを傷つけるようなことはせんから」

 そう言ってほほ笑みかけると、晴乃のうしろにいたサラがわっと喜んで、二人まとめて抱きついた。ぐずぐずと鼻水をすする長身の晴乃と困り顔の悠里を抱えたまま「なー話してよかったやろ! よかったよかった!」と同じことを何度も言う。

「そんで、悠里と坂井くんは何話してたんや?」

 急に話をふられて、湊人は頭の回転が追いつかなかった。悠里も同じ状態だったのか、目を合わせて笑いあう。

「えーと、坂井くんの好きな人の話とか?」

 悠里がそう言った途端、サラは泣いている晴乃をほっぽり出して悠里に食いついた。

「えー誰だれ?! まさか私の知ってる人とかー」

 わざとらしくそう言いながら悠里の方をチラチラと見る。湊人は血液が急上昇するのを感じながら誰かこいつを止めてくれと祈った。

「サラ、会ったことあるん? 坂井くんの好きな人……」