陰陽戦記TAKERU外伝 ~拓郎編~
朝通った公園を過ぎ、やっと今借りてる建築20年、家賃6万円で1WDKの激安アパート『賀居亜荘』が見えてきた。
ウチは普通のサラリー・マンだし、決して裕福って訳じゃないから多少遠くとも我慢しなきゃいけない。
スクーター止められる場所があるだけまだマシだ。
僕は数メートル先でスクーターから降りると両手で押しながら門を通ろうとした。
その時……
「ん?」
賀居亜荘を囲っているブロック塀の直ぐ正面の街灯の下に1人の男性が腕を組み、静かに目を閉じながら木製の折りたたみ椅子に座っていた。
年は大体50代後半だろう、白い髭をたずさえ、白髪交じりの髪の上から四角く紫の茶人帽をかぶり、白い着物の上から紫色の道行襟を羽織った彼は見たまんまの易者さんだった。
彼の前には紫色のクロスのかかった小さいテーブルが設置され、その上には黒い柄の大きな虫眼鏡と竹を細く切って作られた筮竹が収められた黒い筒が置いてあった。
と、ここまで見る限りは普通の易者さんと同じ…… でも彼はその両手にその職に似つかわしく無い黒いグローブをはめていた。
(昨日はいなかったのに)
僕は思った。
大体こんな場所で商売するより商店街の方に行った方が儲かると思うんだけどな……
そう思いながら首を傾げると易者さんに背を向けて賀居亜荘の入り口をくぐろうとした。
「良く無い相が出ておるな」
易者さんは言って来た。
振り返ると易者さんは目を鋭くしながら僕を見た。
その眼光を見ると身が強張った。
戦いと言う経験をしたから分かる、この人はただの易者じゃない。
すると彼は組んでいた腕を解くと左手で虫眼鏡を取ると微笑しながら僕に向かって近付けた。
「お兄さん、君はとてつもなく大きな運命に選ばれておるな、特別に無料(タダ)で占ってしんぜよう」
「あ、いえ…… 結構です」
何だかヤバい人だ。あんまり関わらない方が良いだろう。
そう思って断った時だった。
易者さんは口の両端を上げて笑った。
「そう言いなさるな、玄武の契約者殿」
「えっ?」
僕は慌てて振り向いた。
彼は一息つくと虫眼鏡をテーブルの上に置く、すると筮竹を抜き取って両手で擦り合わせた。
ジャラジャラと言う音を立てながら彼は言って来た。
「いや、正確に言えば玄武の『元』契約者と言うべきだろうな…… 聖獣達や仲間達と供に闇の者達と戦いぬいた戦士の1人…… 倉井拓郎君」
「どうして僕の事を? それに玄武の事も…… 貴方は一体?」
僕は易者に近付づいた。
名前なんか調べればどうにでもなる、でも僕が玄武と契約していた事や聖獣の事も知ってるなんて限られてる。
でも僕はこの人に会った事は無い、今日初対面だ。
すると易者は微笑して説明して来た。
「私はこう言う者だよ」
易者は懐に手を入れると名刺を取り出した。
「全日本陰陽師協会…… 石動大治郎?」
僕は首を傾げた。
それは読んで字のごとく、日本中にいる陰陽師達を束ねる存在だった。
昼間は様々な役職についているが、夜になると闇に紛れて人に害なす鬼や妖を退治し、さらに術を悪用する陰陽師達と戦う為に作られた組織だと言う。
彼はそこに所属する陰陽師らしく、組織の命令で僕に会いに来たらしい。
「ある人から君にこれを渡すように言われてね」
石動さんは筮竹を筒に戻すと右手をテーブルの下に入れてある物を取り出した。
それは指部分の無い、手の甲部分に黒い五角形の水晶に金の枠組みが取り付けられた黒いグローブだった。
「玄武を失った君は法力を使う事は出来ない、だがこれを使えば再び法力を使う事が出来る…… どうだ? もう一度鬼に苦しむ人達の為に戦わないか?」
「………」
僕は言葉を紡いだ。
何しろ僕の答えは決まっていたからだ。
作品名:陰陽戦記TAKERU外伝 ~拓郎編~ 作家名:kazuyuki