陰陽戦記TAKERU外伝 ~拓郎編~
エピローグ
戦いは終わった。
石動さんが連絡した協会の応援部隊が到着し、岩村が倒された事で悪夢から解放された美春ちゃん達は無事に表に出る事が出来た。
僕達がここに来てから随分長い時間が経っていて、携帯を見るともうすぐ日付けが変わろうとしていた。
あれだけどしゃぶりだった雨もすっかり上がっていて、空には零れ落ちんばかりの星空が広がっていた。
まるで今の僕と同じだった。
心の中でくすぶっていた暗雲が晴れて清々しい気持ちになっていた。
久しぶりに法力を使った事でクタクタに疲れ、家に帰ると布団を敷く余裕も無く、畳の上に大の字に寝そべると一気に意識が吹っ飛んだ。そして次に目を覚ました時には昼を回っていた。
それから2週間後。
僕はコンビニで買った荷物をスポーツバックに入れて例の施設へやって来た。
けど施設その物に用は無く、お目当ては施設から少し離れた場所に建てられた小さな墓だった。
墓と言っても誰の骨も入ってる訳じゃない、僕が森の中から探して来た手ごろな石を地面に突き立てて自主的に作った物だった。
あの後僕は石動さんから連絡を受けた。
石動さん達がこの施設を調査したところ、僕が戦った手術室にあった2つの扉の内、地下牢とは別の扉の向こう側で細菌を培養していた研究室が発見されたらしい。
設備その物は使えなくなっていて、長い間誰にも世話されなかった為に細菌も死滅していたのだけど…… 代わりにある物が発見されたらしい、それは岩村の白骨死体だった。
恐らく細菌を射ち込んで自害した為に触れる事も出来ず、誰にも弔って貰え無かったんだろう。
岩村の遺骨は直ちに回収されて日本陰陽師協会が丁重に弔う事を約束してくれた。
僕はスポーツバックの中から水野ペットボトルを出すと墓石に水を注ぎ、地面にビニール袋を外した御供え用のおにぎりを置き、ライターで線香に火を点けると倒れないように火の点いて無い方を地面に突き刺した。
そして静かに目を閉じて合掌する…… するとその時だ。予め読んで置いたお客人が背後に現れた。
「墓参りか」
「石動さん」
「聞いたよ、週に一度ここに来てるんだってな…… 何故だ? 君がそこまでする必要ないんだぞ?」
石動さんは不思議そうに問う。
そりゃそうだ。
僕だって岩村はおろか他の人達が生まれる前の人達で、赤の他人だって事は分かってる。
僕はため息を零すと少し間を開けて言った。
「僕だって分かりません…… でも、考えてみれば被験者達だけじゃなくて、岩村も被害者なのかもしれません」
僕は言った。
悪いのは細菌でも医術でも無い、それは戦争だ。
戦争は医療や科学を発展させるとは聞いた事はあるけど、それは方法の『1つ』でしか無い、獣医(志望の学生)の僕が言うのは場違いだってのは分かってる、でも言いたい…… 僕が求める医術はそんなのじゃ無いって。
苦しんでいる人を笑顔にする、生きている事を素晴らしいと思わせたい、大事な人と供に過ごして幸せな時間を築いて欲しい…… それが医術だって信じている。
「その為に私を呼んだのか?」
「いえ、そうじゃありません」
僕は石動さんに振り向くと頭を下げて言った。
「僕を陰陽師にしてください」
刹那の時が流れ、石動さんが尋ねる。
「……どう言う事だ? 陰陽師にならないんじゃなかったのか?」
石動さんは尋ねた。
何しろ一度断ったんだから当然だろう。
でもこれはここ数日僕が考えて出した答えだった。
それは戦わなきゃいけない事もあると言う事だった。
「僕だって本当は戦いたくありませんでした。本当は平和が良いって分かってます、それはみんなそう思うはずです…… でも今回の事で分かりました。正論や言葉だけじゃ誰も救えない事もあるって事をです!」
僕は上着のポケットからグローブを取り出して石動さんの目の前で眉間に皺を寄せて強く握りしめた。
自分で言うのもおこがましいけど、でも僕は覚悟を決めた。
僕は陰陽師になる、戦わなきゃ救えない命の為、命に仇なす者達も救う為に…… その為に僕はもう逃げたりしない。
僕のこの思いを察したんだろう、石動さんは微笑しながら答えた。
「修行は厳しいぞ? 獣医と陰陽師…… 両立できるかな?」
「はい!」
それも覚悟の上だった。
あいつもそれを望んでるはずだ。
(そうだよな、玄武)
僕は心の中で呟くと誓った。
この生きとし生ける者達が平和に暮らす大地に向かって……
作品名:陰陽戦記TAKERU外伝 ~拓郎編~ 作家名:kazuyuki