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陰陽戦記TAKERU外伝 ~拓郎編~

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 敵が去り、静寂を取り戻すと石動さんは深く息を吐きながら鉄格子に背を擦りつけてその場に腰を降ろした。
「石動さん、大丈夫ですか?」
「ああ、だがしくじったな……」
 石動さんは忌々しく舌打ちをする。
 確かに鬼を倒した訳じゃない、奴は分が悪いと察して一度引いただけに過ぎない。
 いずれ体制を立て直して攻撃を仕掛けてくるのは間違い無い、何しろここは奴の家みたいな物だからだ。
「とりあえず彼等を何とかしないと」
「そうだな…… ぐっ!」
 石動さんは体を起こそうとするが、その瞬間顔を顰めてその場に倒れ込んだ。
「石動さん、どうしました?」
 僕は何事かと石動さんを見る。
 背中越しで何をしているか分からないけど、石動さんは左肩を摩っているようだった。
 待つ事数秒、石動さんは苦笑しながら言って来た。
「い、いや…… 何でも無い、それより彼等を見張っていてくれ、私は鬼を倒して来る」
「どこか打ったんじゃないですか? 声がおかしいですよ」
 僕は牢屋を出ながら石動さんに触れようとする。
 すると石動さんは僕に眉間に皺を寄せながら叫んだ。
「触るなっ!」
「なっ?」
 僕は驚いて身をビク突かせた。
 石動さんはハッとなると自分を取り戻して頭を下げた。
「すまない…… だが私に触らない方が良い」
「どうしてですか? 一体何が?」
 僕は訳が分からなかった。
 すると石動さんは一度は迷ったけど、苦しそうに上半身を上げると僕に面を合わせるように鉄格子近くのタイルに背中を当てた。
 そして着物を脱いで鬼の攻撃を受けた左肩を見せると僕は息を呑んだ。
「なっ?」
 とてもじゃないけど見れた物じゃ無かった。
 攻撃されたであろう箇所がブクブクに腫れあがってどす黒く変色し、しかもその箇所は別の生き物の様に蠢いていた。
 これは細菌だった。
 石動さんは脂汗を流しながら苦しそうに顔を歪めると右手でその箇所を抑えた。
「少々驕ったな、私とした事がミスをしたよ…… はははっ」
「笑ってる場合じゃないでしょう、とにかく何とかしないと!」
「無理だ」
 石動さんはため息を零しながら言った。
 僕だって状況を見れば分かる。
 今僕の目の前にいる美春ちゃんや大介を含めてこれだけの大人数を抱えて脱出するのは不可能だ。
 まして負傷してる石動さんを無理に動かす事は出来ない、僕だけ表に出て助けを呼んで来る前に奴が来て皆お終いだ。
 勿論帰り道に奴が現れるだろう、そうなれば僕は戦わなければならない。
 僕はポケットの中から石動さんから貰ったグローブを取り出すと強く握りしめた。
「僕は……」
 戦わなきゃいけない、でも戦いたく無い…… 僕の心は迷い手が震えた。
 すると石動さんは右手を伸ばして微笑した。
「……昔、ある若者がいた。彼も陰陽師で、親友と一緒に各地を旅しながら鬼退治をしていた」
「何言ってるんですか? そんな時に」
「大切な事だよ…… だが彼等は何も知らない若造だった。己の力量も弁えずに強力な鬼に戦いを挑んで敗北した」
 石動さんは続けた。
 己の力を過信した彼は大切な人を失って初めて恐怖と言う物を知った。
 無力と後悔に打ちのめされた彼は酒に溺れ、一時期陰陽師を辞めようと思ったらしい。
 でもある日ある人が目の前に現れて彼に言った。
「その人が言ったよ、『失った命は二度と戻らない、彼の事を思うなら戦い抜け』ってね。その結果はこれだ」
 石動さんは右手のグローブを外した。
 そこにはこの暗闇の中でも光沢を放つ黒い鉄製の義手が装着されていた。
 僕はそれを見ると目を細めた。そして尋ねてみる。
「その後、彼はどうなったんですか?」
「……そうだな、自分自身を改め直し、一から修行をやり直した。そして見事親友の仇を討ったさ、そして今でも各地を回って鬼退治をしているよ、世の為人の為にね」
 石動さんは苦笑した。
 しかしやっぱり辛いんだろう、顔が引きつっていた。
 だが石動さんは心配かけまいとさらに続けた。
「安心しろ、君達は私が何とかする…… 君は少し待っていてくれ」
 石動さんは地面に手を当てて体を起こそうとする。
 その姿を見て僕は確信する、この人は間違い無く死ぬ気だ。
 万全な状態ならともかく、今のこの状態で勝てるとは思えない、良くて相討ちだろう。
 石動さんは大事な人を失い、それでも戦う道を選んだ。縁もゆかりもない人達の為に自分の命を捨てようとしている。
 でも僕はどうだ?
 失う事が恐くて尻ごみして、大事な人を巻き込んで人任せ…… 本当にそれで良いのか?
「……う……」
 すると陰の氣の球体の中の美春ちゃんが呻き声を上げた。
 現在彼女は見たくもない悪夢を見せられて怯えている…… 小さな肩が震えて慄いていた。
 すると閉じている瞳から涙が流れ、恐怖に震えるその口が動いた。
「……拓郎……君……」
 僕は目を見開いた。
 そして球体を触れている両手が震えるとそのまま強く握りしめた。
 その時に右手の小指の異和感に目が行くと、そこにはさっき美春ちゃんに巻かれた絆創膏が映った。
 それを見た瞬間、僕は心の中でくすぶっていた物が全て吹き飛んだ。