女の舞台、序破急
女の舞台、序破急
互いのマンションから中間になる、木屋町三条角で落ち合った。
「1分、遅刻よ、もう帰ろうかと思った」
「ごめん、ごめん」
と謝ったものの、いきなりの先制攻撃には、こっちもどうでもよいと、男は思った。この女はつきあいにくい。思い直したのは、女の装いがこれまでにはないものだったからである。
「おみそれしました」
男が褒めあげると、女は満足げに微笑み返した。
女は初夏を先取りした青のベアトップに赤いハイヒール、肩は薄いショールで隠されていて、もろ肌脱ぎの刺激的なところは中和されてはいたが、大胆かつ挑戦的なかっこうだった。十分に、男心をそそった。
男は、連休の後半、デートの誘いであったから、女には、二番煎じ、三番煎じの扱いかとまったく期待していなっかったので、見事な変身ぶりに、この女の恋人たちがどういう男性なのか、とても気になった。
女のいでたちが男の緊張を緩解させ、男にこのデートの楽しみを膨らませた。
「若いね」と言いかけて、その言葉を飲み込んだ。女はたしか、30歳代そこそこ、自信あふれる態度なのだ、こういう言葉は禁句だろう。
「ハイヒール、似合ってるな」
「そう」
女は両手を前に組んで、品をつくっていた。これまでにはない表現だ、会社の同僚とかいう恋人の趣味ではないだろう。詮索する必要はない。
「どうしましょうか」
男はこのせっかくの機会を逃がすまいと、ていねいな言葉をつかったので、女はすっかり機嫌を直したようだ。
「まだ、6時やからな」
「野菜を食べたい」
野菜とは意外であったが、男はそう深くは考えずに
「そうしようか、進々堂に行こうか」
「いいわよ」
と、並んで歩きだした。ヒールが身についているから男は感心した。
「フランスの国旗みたいやな」
「そう、お気に召しました」
男が女をほめれば、女の背中がすっと伸びるように思われた。
「スタイル、いいねえ」
足元から見上げながら、男は言った。ハイヒールを履きこなすのは容易ではない。横から見ると、くの字が二つできてしまうものだ。一つは、ひざが曲がって、もう一つはお尻が後ろに残ってしまいがちになる。しかし、女はお尻が背筋の下にきて、体軸がまっすぐで、足はすっと伸びている。
男は女のおしゃれの変化を知りたいと思った。変化に男の影がちらちらする。
女のおしゃれに好感を抱いたものの、水商売の女性を連れ歩いているようで、男は三条通りの散歩は気後れした。三条通は誰が歩いているかわからない、この女のファッションは自分の平凡な服装ともミスマッチだ、プロの女のように受け取られるかもしれない、男は、少し不安にも思い、気恥ずかしくも感じた。こういう思いはずいぶん、久しぶりだ。女がどういう考えなのか、自分をどう見ているのか、今日のデートの展開に思いを巡らせた。
「ビール、飲もうか」
老若男女、外国人の観光客も大勢で、心配したが夕食前だったから、三条通に面する席に座ることができた。
「そうねえ、プレモルにするわ、ビンで」
「珍しいね、いつも生ビールやのに」
「濃いのを飲みたくて」
「ふーん」
男はなにかいつもと違うなと思った。
「その服、いつ買うたんや」
「最近、よく行く店で、今年、はやりそう」
「どんな店なん」
「リッチが来る店でね、その人たちのものがね、新品にちかいおしゃれな服が、安く買えるのよ」
「そうなんや」
女の外観の変化に影響を及ぼしたであろう、その不思議な店と男性の存在に大きな疑問を抱いたが、女の変化のわけにまでは思いが及ばなかった。
「三色旗、すてきやな」
「そう」
男が念を押すように、白のショールと青のベアトップと赤いヒールをほめると、女はうそぶいた。
「好きな色はなんなん」
「黒は嫌い」
問答はちぐはぐだが、男はかわして
「なんで」
「黒ってね、いつも同じ服を着ているようで、お掃除が嫌いなみたいな」
「たしかにそうやな、黒は好きじゃない」
男は女に同調した。
女は、髪を触る時、手を挙げ、わきをあける。そこはきれいに脱毛されている。もろ肌脱ぎの肩とともに、両手のすべすべの肌が光っている。
「酔いがまわりそう」
「そうやね、たしかにまわりが早い」
酔い心地だ。
「どこへいきます」
女が問いかけてくる。言葉のテンポが速くていかにも挑戦的だ。
男は身構えた。勝負どころが来ている。女の意味ありげな言葉を理解しようと努力した。何度も会ったが、これまでは食事と飲み屋のはしごで終わってきた。いつかチャンスがくると期待して、ようやくその期待が果たされようとしている。エネルギーが溢れそうで、抑え込むのがたいへん、出かける前から男性自身が反応して、もて余していた。しかし、相手の気持ちを大切にしないでミスリードすれば、あとあと、関係をまずくさせる、思案がまとまらない。女は京都の大企業のキャリアのようだ、ていねいに付き合わねばならない。
女の視線はやさしく、その視線を悩ましくからませてくる、気のせいなのかどうか、男の思案は続く。一方、女はこの男はどうして誘わないのか、時間を持て余しそうになっていた。
「ゆっくりできるところに行こうか」
男がようやく言葉を見つけて投げかけた。
「ゆっくりって」
「二人きりになれるところ----」
男は落ち着いて問いかけた。二人のタイミングが合った。
「近くにしてね」
女の言葉に、ただちに言葉を返した。
「歩いていけるところにしようか」
二人は、ホテルを想定する会話になっているのに間違いなく、互いに確信を抱き始めていた。もうホテルを舞台とする進行に抵抗はない。
「空いてないといややから、うろうろしたくない」
男は、すれたことを言うものだと、少し興ざめした。女の正体がわからない。小さな疑問が生まれたが、大勢に影響はない。
連休の最中、シテイホテルは空いてないし高そうだ。男は、高瀬川沿いのラブホテルに電話して空きをたしかめると、すぐに行きます、念を押した。女はそのやり取りをたしかめる風に聞いている。
高瀬川に沿って新緑の木屋町通を歩いていると、さわやかな川風が肌をなでて、一瞬、異国を思わせた。旅行気分が生まれてきて、ごく自然にホテルに入ることができた。
「お風呂に入りたい」
部屋の隅にわかれて、お互いのぺースで裸になった。
洗い場でも順番に体を洗うことにして、男が先に入った。なぜなら、男は女との初体験をあくまで紳士的に振る舞い、好感度を上げたかったのだ。
「ちょっと熱いな」
「熱いのはかなわん」
「わかりました」
男は熱いのが好みだったが、女のために水を足す。
男が体を洗い終わってバスタブに入ると、見計らったように女がバスルームのドアを開けた。
体を洗って、男に背中を向け、体を重ねるように浴槽に入ってきた。体を重ねることに、なんのためらいも示さず、女の手慣れた雰囲気にあれれと思ったが、戸惑いつつ好意的に解釈することにして、密室の空間での恋人気分を楽しんだ。
体を重ねてから女の手足の指の装飾に気が付いた。
「きれいね」
「そう、喜んでもらえると思ってね」
手は赤く、足は黒い。女の手足の繊細さを際立たせている。
「ねえ、泡出して」
足の裏をあて
「気持ちいい、お風呂好き」
互いのマンションから中間になる、木屋町三条角で落ち合った。
「1分、遅刻よ、もう帰ろうかと思った」
「ごめん、ごめん」
と謝ったものの、いきなりの先制攻撃には、こっちもどうでもよいと、男は思った。この女はつきあいにくい。思い直したのは、女の装いがこれまでにはないものだったからである。
「おみそれしました」
男が褒めあげると、女は満足げに微笑み返した。
女は初夏を先取りした青のベアトップに赤いハイヒール、肩は薄いショールで隠されていて、もろ肌脱ぎの刺激的なところは中和されてはいたが、大胆かつ挑戦的なかっこうだった。十分に、男心をそそった。
男は、連休の後半、デートの誘いであったから、女には、二番煎じ、三番煎じの扱いかとまったく期待していなっかったので、見事な変身ぶりに、この女の恋人たちがどういう男性なのか、とても気になった。
女のいでたちが男の緊張を緩解させ、男にこのデートの楽しみを膨らませた。
「若いね」と言いかけて、その言葉を飲み込んだ。女はたしか、30歳代そこそこ、自信あふれる態度なのだ、こういう言葉は禁句だろう。
「ハイヒール、似合ってるな」
「そう」
女は両手を前に組んで、品をつくっていた。これまでにはない表現だ、会社の同僚とかいう恋人の趣味ではないだろう。詮索する必要はない。
「どうしましょうか」
男はこのせっかくの機会を逃がすまいと、ていねいな言葉をつかったので、女はすっかり機嫌を直したようだ。
「まだ、6時やからな」
「野菜を食べたい」
野菜とは意外であったが、男はそう深くは考えずに
「そうしようか、進々堂に行こうか」
「いいわよ」
と、並んで歩きだした。ヒールが身についているから男は感心した。
「フランスの国旗みたいやな」
「そう、お気に召しました」
男が女をほめれば、女の背中がすっと伸びるように思われた。
「スタイル、いいねえ」
足元から見上げながら、男は言った。ハイヒールを履きこなすのは容易ではない。横から見ると、くの字が二つできてしまうものだ。一つは、ひざが曲がって、もう一つはお尻が後ろに残ってしまいがちになる。しかし、女はお尻が背筋の下にきて、体軸がまっすぐで、足はすっと伸びている。
男は女のおしゃれの変化を知りたいと思った。変化に男の影がちらちらする。
女のおしゃれに好感を抱いたものの、水商売の女性を連れ歩いているようで、男は三条通りの散歩は気後れした。三条通は誰が歩いているかわからない、この女のファッションは自分の平凡な服装ともミスマッチだ、プロの女のように受け取られるかもしれない、男は、少し不安にも思い、気恥ずかしくも感じた。こういう思いはずいぶん、久しぶりだ。女がどういう考えなのか、自分をどう見ているのか、今日のデートの展開に思いを巡らせた。
「ビール、飲もうか」
老若男女、外国人の観光客も大勢で、心配したが夕食前だったから、三条通に面する席に座ることができた。
「そうねえ、プレモルにするわ、ビンで」
「珍しいね、いつも生ビールやのに」
「濃いのを飲みたくて」
「ふーん」
男はなにかいつもと違うなと思った。
「その服、いつ買うたんや」
「最近、よく行く店で、今年、はやりそう」
「どんな店なん」
「リッチが来る店でね、その人たちのものがね、新品にちかいおしゃれな服が、安く買えるのよ」
「そうなんや」
女の外観の変化に影響を及ぼしたであろう、その不思議な店と男性の存在に大きな疑問を抱いたが、女の変化のわけにまでは思いが及ばなかった。
「三色旗、すてきやな」
「そう」
男が念を押すように、白のショールと青のベアトップと赤いヒールをほめると、女はうそぶいた。
「好きな色はなんなん」
「黒は嫌い」
問答はちぐはぐだが、男はかわして
「なんで」
「黒ってね、いつも同じ服を着ているようで、お掃除が嫌いなみたいな」
「たしかにそうやな、黒は好きじゃない」
男は女に同調した。
女は、髪を触る時、手を挙げ、わきをあける。そこはきれいに脱毛されている。もろ肌脱ぎの肩とともに、両手のすべすべの肌が光っている。
「酔いがまわりそう」
「そうやね、たしかにまわりが早い」
酔い心地だ。
「どこへいきます」
女が問いかけてくる。言葉のテンポが速くていかにも挑戦的だ。
男は身構えた。勝負どころが来ている。女の意味ありげな言葉を理解しようと努力した。何度も会ったが、これまでは食事と飲み屋のはしごで終わってきた。いつかチャンスがくると期待して、ようやくその期待が果たされようとしている。エネルギーが溢れそうで、抑え込むのがたいへん、出かける前から男性自身が反応して、もて余していた。しかし、相手の気持ちを大切にしないでミスリードすれば、あとあと、関係をまずくさせる、思案がまとまらない。女は京都の大企業のキャリアのようだ、ていねいに付き合わねばならない。
女の視線はやさしく、その視線を悩ましくからませてくる、気のせいなのかどうか、男の思案は続く。一方、女はこの男はどうして誘わないのか、時間を持て余しそうになっていた。
「ゆっくりできるところに行こうか」
男がようやく言葉を見つけて投げかけた。
「ゆっくりって」
「二人きりになれるところ----」
男は落ち着いて問いかけた。二人のタイミングが合った。
「近くにしてね」
女の言葉に、ただちに言葉を返した。
「歩いていけるところにしようか」
二人は、ホテルを想定する会話になっているのに間違いなく、互いに確信を抱き始めていた。もうホテルを舞台とする進行に抵抗はない。
「空いてないといややから、うろうろしたくない」
男は、すれたことを言うものだと、少し興ざめした。女の正体がわからない。小さな疑問が生まれたが、大勢に影響はない。
連休の最中、シテイホテルは空いてないし高そうだ。男は、高瀬川沿いのラブホテルに電話して空きをたしかめると、すぐに行きます、念を押した。女はそのやり取りをたしかめる風に聞いている。
高瀬川に沿って新緑の木屋町通を歩いていると、さわやかな川風が肌をなでて、一瞬、異国を思わせた。旅行気分が生まれてきて、ごく自然にホテルに入ることができた。
「お風呂に入りたい」
部屋の隅にわかれて、お互いのぺースで裸になった。
洗い場でも順番に体を洗うことにして、男が先に入った。なぜなら、男は女との初体験をあくまで紳士的に振る舞い、好感度を上げたかったのだ。
「ちょっと熱いな」
「熱いのはかなわん」
「わかりました」
男は熱いのが好みだったが、女のために水を足す。
男が体を洗い終わってバスタブに入ると、見計らったように女がバスルームのドアを開けた。
体を洗って、男に背中を向け、体を重ねるように浴槽に入ってきた。体を重ねることに、なんのためらいも示さず、女の手慣れた雰囲気にあれれと思ったが、戸惑いつつ好意的に解釈することにして、密室の空間での恋人気分を楽しんだ。
体を重ねてから女の手足の指の装飾に気が付いた。
「きれいね」
「そう、喜んでもらえると思ってね」
手は赤く、足は黒い。女の手足の繊細さを際立たせている。
「ねえ、泡出して」
足の裏をあて
「気持ちいい、お風呂好き」