①銀の女王と金の太陽、星の空
第一章 太陽
一週間前に、前王だった兄が暗殺された。
先王の父も母も、暗殺された。
そう、この小さな国では、父王の暗殺以来、王位を巡って暗殺が横行している。
そんな国の女王に、昨日、私は即位した。
(暗殺のジンクスを断ちたい。)
(私自身の為にも、内政安定の為にも、次の王の為にも…。)
私は唇をきゅっと噛み締めた。
暗殺されない為には、まずは最強の護衛をみつけることが肝要だと思う。
(まぁ、それに関しては、私はもう既に…。)
「聖華(せいか)!」
遠くから私を呼ぶ声がする。
聞き慣れたその声に、私は席を立つ。
私室のバルコニーに出てみると、また声がした。
「こっちこっち!」
先程よりも、声が近くなった。
バルコニーの手すりに身を預けて、下を見下ろすと…。
「視察に行くぞ!」
プラチナブロンドのくせ毛を輝かせながら、碧眼を半月に細めてこちらを見上げている騎士がいる。
端正な顔に満面の笑みを浮かべて手をふる彼に、私も笑顔で手をふり返した。
「太陽(たいよう)。行く前にカモミールティーが飲みたい!」
すると太陽は一瞬目を丸くしたけれど、また大輪の花が咲くように明るく笑う。
「わかった!すぐそっちに行くよ!」
マントを翻し、手をふりながら駆けていく太陽は、その名前の通り『お天道様』のようにキラキラ輝いているので、皆に『太陽神』と謳われる騎士だ。
「太陽王子は、お優しいですよね。」
後ろから、女官たちの話し声が聞こえる。
「お美しくてお優しい上に、国一番お強いんですから、本当に素敵。」
「色んな姫様方がなんとかふり向かせようとするけれど、ご本人は聖華様ひとすじで見向きもされませんし。」
「またその一途なところが、女性心をくすぐるんですよね。」
バルコニーから戻った私は、再び椅子に腰掛けながら女官たちの会話に割り込む。
「私ひとすじ…って、私たちはいとこ同士で乳兄弟でもあるから、家族みたいなものよ。お互い、そんな特別な感情なんてないわよ。」
太陽は私の父の弟の王子で、太陽の母親は私の乳母を務めてくれた。
私の言葉に、女官たちは顔を見合わせて何か物言いたげにする。
そこへ太陽が入ってきた。
「僕も飲んで行こう。」
言いながら、慣れた手つきでティーセットを用意する。
すぐにカモミールの甘い香りが、室内に広がる。
「ストレート?」
笑顔でふり返る太陽に、私も笑顔で頷いた。
「熱いから、ちょっと待って。」
太陽はふーふーと紅茶に息をふきかけて、冷ましてくれる。
「火傷に気を付けて。」
そしてテーブルに置かれたカモミールティーは、ちょうど良い温度で、私は一気に飲み干した。
「おかわり。」
私がねだると、太陽は嬉しそうにまた注いでくれる。
そして再び冷まして、私の前に置く。
「おいしい。」
そっと呟くと、太陽が笑顔で頷く。
「僕たち、これで育ったもんな。」
「太陽が淹れるカモミールティーは、涼(りょう)のと同じ味がする。
自分で淹れたら、こうならないのはなぜかなぁ。」
私の言葉に、太陽は悪戯っぽく笑うと、耳元に唇を寄せてそっと囁いた。
「母さんの家に代々伝わるおまじないがあるんだ。淹れるときにそれをしているから、美味しいんだよ。」
(そうだったの!?)
「教えて、太陽。」
その湖のように澄んだ碧眼を間近で甘えるように見つめると、太陽は私の額に自分の額をこつんと当てて、上目遣いに私を見た。
「母さん一族の門外不出のおまじないだから、ダメ。」
そこでいったん言葉を切った後、妖艶な微笑みを浮かべて、私の頬に唇を寄せる。
「…僕と家族になったら教えてあげられるけど?」
その瞬間、私たちの後ろで「きゃあ」と小さな悲鳴が上がる。
(しまった…。)
二人で声の方を見ると、女官たちが口を抑え、頭を下げながら出ていくところだった。
私はため息をつきながら、太陽を軽く睨んだ。
「太陽がそういうおふざけをするから、誤解を招くんだよ。」
すると太陽は頬杖をつきながら、無言で甘く笑う。
(こういう、色気のある表情をされると…。)
わずかに音をたてた胸に手を当てる私を、チラリと太陽が見る。
私を見つめたまま最後の一口を飲み干し、太陽は席を立った。
「さ、行くよ視察。」
遠くに控えている女官にティーセットの片付けを頼んだ後、太陽は私の手をとってエスコートしてくれる。
その優雅な動きと美貌は、誰もが想像する『おとぎの世界の王子』そのものだった。
(これじゃ女性はみんな、惑わされちゃうよね。)
太陽にエスコートされながら廊下を歩いていると、薄い笑いを含んだ声がした。
「さすが妾腹だ。親子共々、色香で王族を惑わして、成り上がるのが得意らしい。」
足を止めると、正面に長い銀髪の青年が立つ。
「銀河(ぎんが)。」
「兄上。」
私と太陽は、同時に彼を呼んだ。
「身の程をわきまえろ。半分は平民のくせに、私を兄と呼ぶな。」
銀河は三白眼の碧眼を鋭く細め、太陽を睨む。
そして私にその視線を流すと、鋭さは消えたが、眉をひそめる。
「聖華も、妾腹にあまり馴れ馴れしくさせないほうが良くないか。王の威厳に関わるぞ。」
太陽をそっと見ると、背中しか見えないので表情はわからないけれど、拳を固く握りしめていた。
私はひとつ息をつくと、銀河に微笑んだ。
「嫡流はもう私しかいないもの。せめて庶流でも血筋の近い銀河や太陽とぐらい親しくしたいわ。」
私の言葉に、銀河は言葉を詰まらせると、少し哀しげな表情で私を見た。
「聖華さま。参りましょう。」
『さま』に不自然に力を入れた太陽は、私の前で跪いて敬礼する。
そして立ち上がると、銀河に最敬礼で頭を下げる。
「申し訳ありませんが、女王さまに道をお空けください。」
銀河はその顔に不快感をあらわにしながらも、文句のつけようのない太陽の態度に、それ以上なにも言わなかった。
黙って脇によける銀河の前を、私は太陽のエスコートで通りすぎる。
「ああ、そう言えば。」
通りすぎたところで、銀河のくぐもった低い声がした。
ふり返ると、銀河は眉間に皺を寄せて私と太陽を見た。
「前王は、視察中にお亡くなりになったんだったな。」
即座に殺気を放った太陽が、私と銀河の間に体を割り込ませる。
「どうか、くれぐれも気を付けて。」
銀河は私に深々と頭を下げると、太陽を見る。
「おまえも、しっかりお守りするように。」
鋭い目付きでそう言うと、銀河はブーツの音を響かせながら去っていった。
(銀河…。)
私がその背中をジッと見つめていると、突然、太陽が柱を蹴飛ばした。
「太陽?」
私が声を掛けると、太陽は大きく深呼吸をする。
「いつも『妾腹』『妾腹』…。僕には『太陽』って名前があるんだ!」
(お怒りは、ごもっとも。)
「しかも今から視察に行くのに、『前王が視察中に暗殺』って、なんで縁起の悪いことをわざわざ言う!?」
(おっしゃる通り。)
そこまで言うと、太陽はハッとした様子でその目を鋭くした。
「なんか企んでる?」
(いや、それは安直すぎでは…。)
作品名:①銀の女王と金の太陽、星の空 作家名:しずか