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~そのまえの前~

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そのまえの前



 まだまだ寒い2月の山の麓にある高校、昼休みになると音楽室のある4階は静かになる。教師の都合と噂されるが午後の授業はほとんどないので用件が無ければ4階まで来る者がいないからだ。
 
 2年の倉泉悠里はわいわい騒いでいる校舎を通り抜け、足音を立てないようにその音楽室を目指した。3階の踊り場で周囲を確認して、人がいないことを確かめて上へ――
「失礼しま――、す」
 と言いながら悠里は静かに音楽室の戸を引いた。都合の良いことに教室には誰もいない。音が立つから戸を開けたままにして一番奥の窓際の席を目指した。

 忍び込んだのではないと自分に言い聞かす。というのも朝の二時間目に教科書を置き忘れたのに気づいて回収しに来ただけなのだが、こっそり入るのにも理由がある。
 三つ子の魂百までという諺を嫌うほど、三つ子の頃から何か別のことを考えると元のことを忘れる。

 思い返せば授業中、天候が悪くなったのを窓際で見ていると、朝練のあとに道場の外に干してた剣道着が気になって授業が終わったと同時に道場へ走って行ったのだった。それで、教科書を机の中に置きっぱにしてたことを昼になってから思い出したのだった。
 一度なら笑って許せるが先週に引き続き2回目、続くとやっぱり恥ずかしい。いつまでも改善されない自分の性格に悠里はウンザリしていた。

「ラッキー。誰もおらへんやんか……」
 余裕の出来た悠里は笑みを浮かべて教室の中をぐるっと見回した。黒板の横には立派なグランドピアノ、壁には見覚えのある音楽家の肖像画、おそらくどこの学校でも同じだろうが特にこの学校が古いので彼らも古く見えてしまう。
 そしてたどり着いた奥の席、悠里は一回、安堵の息を吐いて机の下に手を入れた。 

「あれ――、ない」

 置き忘れたはずの教科書がない。動揺のあまり周囲を再度見舞わすと、自分が入ってきた開けっ放しの戸に手を掛けて立つ中年のふくよかな男が感情を堪えたような顔つきでこちらを見ていた。
「やっば……」

作品名:~そのまえの前~ 作家名:八馬八朔