TRUEworld
「かもしれませんね。まぁ、先生の言うとおりこんな記事を信用する訳にもいきませんし、単なる雑談として捉えてください。失礼、トイレを借りてもよろしいですか」
「先輩、それくらい済ましてきてくださいよっ」
「あぁ、どうぞ。この奥を行ったところです」
「もうぅ、すみません、図々しいことばかり……」
炎野は今までで一番申し訳なく言った。播磨を問い詰めるのは仕事とは言え、デリカシーのない京小の態度にヒヤヒヤしていたのは播磨にも分かっている。
「炎野さん、彼は私の作品を読んだんですか?」
「あ、はい! 一連の事件に関係するってことで、読んでいたようですよ。あ、私は前からファンで読んでいたんですけどね、まだ、全部は読めてないんですけど……」
炎野は苦笑いして答える。
「何冊くらい読んでいただけたんでしょう?」
「三十冊くらいです。半分ちょっとですね」
「嬉しいなぁ、それはもう僕の大ファンじゃないですかぁ」
播磨は笑顔で答えるが、聞きたかったのは京小の読んだ数である。この問いに何か重要な真実が隠されているというような口調で
「京小さんは、どれくらいお読みに?」
「京小さんはおそらく全部読んでますよ。何日も徹夜してまで読み漁ってましたから」
「じゃあ彼も大ファンですね! あ、仕事ですよねっ、あはは」
急に茶化したように笑う播磨に、炎野は急いでフォローを入れる。
「面白くて続きが気になっていくって言ってましたよ!」
「それはよかった」
播磨は笑顔を続けていたが、少し残念そうな顔をして言う。
「じゃあ『WRITE』も読んだんですよね。きっと」
「知ってます、私はまだなんですけど、次に読もうかなって買ってあります!」
炎野は身を乗り出す勢いで答えるが、播磨の表情に影があったため落ち着きを取り戻していた。
「ありがとう。……だとしたら、知ってるはずなんだ。刑事として読んだのなら尚更、彼はなぜ私の家でわざわざトイレに向かったんだ?」
「どうかしたんですか?」
静かにゆっくりと時間が流れているようだった。
「あの作品は作家の家が事件現場で、被害者はトイレで殺されているんだ。一連の事件が私の作品を模倣しているのだとしたら、もしかしたら。そして、その事件を探っているってことは、自分を囮に使っているんじゃないのかな」
炎野の目を見ながら、怯えたように話す播磨をみた炎野は、和らげようとのんきに答える。
「まっさか~、この家に誰かいるんですかー?」
「私が知る限りはいないはすだよ。しかしそれは小説の中でも同じだった。犯人は作家に気づかれぬよう一緒に暮らしていたんだからね」
自分の作品と同じ事件が起きているという非現実的な現象であるのに、それを信じて考察している播磨は少し楽しそうにも見えた。作者である自分が登場人物である探偵にでもなったかのような。
しかしまだ恐怖のほうが強いのだろう。もし仮に、この家で作品同様の事件が起きるとするならば、播磨自身も危ないからだけではなく、正体不明の同居人がいるからだ。その同居人が作品と同じ結果であるならばどれだけ救われるだろうか。
「念のため確認してきます……」
恐怖が伝染していくように炎野も不安に駆られた。刑事として確認しなければならない使命感だろうか。炎野は播磨のいるリビングから洗面所へと向かう。
「京小さーん、トイレ、済みましたかー?」
小声で進んでいく。おそらく京小には聞こえていないだろう、それくらいの声で。そして、扉を開いた。ノックもせず開けた。
「きゃあああああっ」
炎野の悲鳴が部屋中に轟くと、播磨が駆け寄っていく。
「どうしました!? 大丈夫ですか!?」
廊下で尻もちをついている炎野を守るように抱き寄せ、洗面所を覗き込んだ。そこには
「うわああああっ」
頭から血を流して倒れている京小がいた。
☆
少し時間をおいて落ち着きを取り戻した二人はソファに座っていた。すでに救急車と警察には連絡を取り、到着を待つだけである。
「作品の中では、だれが犯人だったんですか」
まず炎野が口を開いた。
「……作家の担当編集ですよ」
「播磨さんの編集さんを教えてください」
炎野は刑事の顔になっていた。これは取り調べに近い状態だ、しかし、播磨自身もわかることはすべて話してすぐにすべてを解決してもらいたい。そうでないと自分が疑われ続けるだけでなく、作品の評判、しいては作家としての名に穢れがついてしまう。
事件現場が自宅というのも堪えた。
「僕の担当は違うと思いますが、館野(たての)壮一郎(そういちろう)と言います。結幻社(ゆうげんしゃ)で編集者をしてます」
編集を売ったわけではない。作品と現実は違うし、犯人ではないと確信しているから言った。そもそも調べればすぐにわかることだから隠すことが不自然だ。
「わかりました。私はその館野さんを当たります、それでは警察や救急車もそろそろ来るかと思いますので、ご協力お願いします。では」
そう言って炎野は出て行った。
これは播磨舞糸の行動の物語。