TRUEworld
TRUEworld
【著】鶴城松之介
プロローグⅡ WRITE
住宅街の中心に位置する高層マンションにスーツ姿の男女が訪ねてきた。二人は重たい空気を身に纏わせ、チャイムを鳴らす。
「お忙しい中申し訳ありません、私アマカワ警察の京小剛明(けいごたけあき)と申します。播磨舞糸(はりままいと)さんですか? 少々お聞きしたいことがございますので、お話よろしいでしょうか」
静かに、淡々と京小は言った。
「え、刑事さんですか? ……なんでしょう」
播磨舞糸と思われる男はいきなり刑事が訪ねて来たことに、心臓が高鳴る。そのせいか声が吃り、不信感を与えていないか不安だった。京小はそんな播磨の態度に関係なく、質問に答える。
「いやぁ、申し訳ない、最近世間を騒がせている事件のことで先生のお話を聞かせていただきたく。知っておられるでしょう? 先生の作品を模倣した一連の事件ですよ」
京小はインターホン越しでも相手の挙動が見透かせるかのように、さっきまでとは違う表情をした。刑事としての仕事柄、最初から播磨舞糸を疑っているのかもしれない。この事件の犯人として。そう考えても不思議ではないだろう理由が、京小の言葉にもあった『播磨舞糸の作品を模倣した事件』という部分にある。
「そのことですか。まぁいいでしょう。断りたい気持ちは山々ですが、断ればこの先面倒なことに巻き込まれてしまいそうだ」
播磨にさっきまでの緊張はない。吃ることもなく軽快に言葉を連ねていた。それは明るい口調で、どこかビジネスチックな話し方ではある。
「今、ドアを開きますね。着いたらもういっかいチャイムを鳴らしてください」
「ご協力感謝します」
播磨がエントランスのドアを開け、京小と女刑事はエレベーターに向かう。
「案外素直に入れてくれましたね」
女刑事が京小に話しかけた。さっきまではただ立っていただけで、その凛とした見た目から厳しい口調の女性かと思われたが、意外と可愛げのある声だ。
「そうだな。まぁ、断る理由もないだろうからな。疑われる理由は減らした方が得策だ。犯人だとしたら……面倒な相手かもな」
京小は、答えながらエレベーターの三十二階を押す。
「それにしても、播磨舞糸ってどんな人なんでしょうか。人気のミステリー作家でデビューは十代の頃っていうんだから、たぶん私と同じくらいですよね。あんなに忙しいのに、事件を起こす暇なんてあるんでしょうか。私には播磨舞糸が犯人だとは思えませんよ」
ここに来たのは不本意だったのか、少しむくれて言う。女刑事はエレベーターの中で京小にもう少し文句を言おうとしたが
「お前はよく喋るな」
と一言であしらわれてしまい、黙った。人の意見はすぐに無視するから女刑事は京小のことが少し苦手である。もう少し会話をしてくれてもいいのに、そう思うことも多々あるようだ。
三十二階。エレベーターが到着すると、住人だろうか、男が一人入れ替わりでエレベーターに乗っていった。「こんにちは」と挨拶を交わしたが返事は返ってこず、そのまま下へと降りていった。二人はそのまま播磨の部屋へ向かいチャイムを鳴らす。しかし、すぐに反応はなく、二人は一分ほど立ち尽くすことになる。
「トイレですかねぇ」
女刑事が前を向いたまま、話しかけるわけではなく呟いた。少し間を置き、ガチャリとインターホンのスイッチが入り
「京小です」
「すみませ~ん、今向かいますね」
チャイムに名乗ると急いで返答があり、小走りする音が聞こえ、ドアが開く。メガネを掛けた若い男が迎えてくれた。
「お待たせしました」
軽く息を切らし、ニコリと笑い二人を玄関にあげる播磨は、キチッとした服装ではないものの、清潔な印象を与えるには充分な雰囲気である。ミステリー作家に対する女刑事の個人的なイメージはボサボサで顔色が悪く、不機嫌そうで取っ付き難い。といった良いイメージを持っていなかっただけに、先ほどまでの立場とは逆で、少し緊張してしまっているようだ。
「炎(えん)野(の)貴(き)衣(い)利(り)、二八歳です」
「歳はどうでもよくないか、私が京小剛明です」
自己紹介として、つい年齢まで言ってしまった自分が恥ずかしくなった上に、そこを指摘されるという追い打ちをかけられた。言われなくてもわかっているのに。三十歳を手前にして結婚を意識しているが相手がいない、その意識からか若い男を前にするといつもの癖で刑事としてではなく、女として自分を紹介してしまうのだ。
その点京小は全てに冷静な態度を取っていた。人によってはつまらない人間だと言うものもいるだろうが、刑事として細かなところまで目を配り、常に冷静な判断を下せるところは優秀な刑事と言える。
「私が小説家の播磨舞糸です。って知ってますよね。どうぞ、上がってください」
リビングへつくと、二人はソファに座り播磨は珈琲を入れに行った。
「何か作業でもしていたのですか?」
京小が話しかける。
「あ、もしかして締切が近かったりしましたっ?」
作家には締切がつきものだが、そのことを失念していた炎野は焦って聞いた。京小は播磨が出てくるまでに待つこととなった少しの時間を気にしていたのだ。何か見られてはまずいもの、あるいは準備しなければいけないことがあったのではないかと。
「すいません、パジャマだったもので着替えてたんですよ。この部屋に来る人なんて担当編集くらいしかいないから、いつも適当な格好でしてね。初対面でパジャマはまずいでしょ?」
特に焦る様子もなく答えた播磨の回答は、本当かどうかは実際のところわかりはしないが、京小にとっては貴重な情報となるのかもしれない。手がかりやボロがあればそこを追求する。刑事の嫌な部分が行動や言葉に出てきている。
「忙して申し訳ないね」
「気にしないでください」
珈琲をテーブルに置き、ソファに座り込んだ。播磨としても刑事が自分を疑っていることは考えるまでもなくわかっていることだったが、自分は無実なのだから普通にしていればいい。そう思っていた。
「早速本題なのですが、先生の作品によく似た事件が頻発しているのはご存知ですよね」
「それくらいは。私の名が出ていることなので、嫌でも耳に入ってきますね」
「まぁ、模倣だとか、同じ事件だとか言われてはいますが、一言一句同じ事件というわけではなく、被害状況やトリックが参考に使われている程度だと思うんですがね」
ほぼ毎日執筆している播磨は世間の動きに疎い。そのため、ニュースなども軽く耳にする程度で詳しくは知らなかった。自身の作品に関連した事件も担当編集から直接連絡があって知ったほどだ。
そして、京小は遠慮すること無く、質問を続けていた。その様子を炎野はメモを取る。
「では、昨日の夜だいたい二十時から二十三時ごろなんですが、どこで何をしていたかお答え願えますか」
「アリバイってやつですね。だとすると僕にアリバイはありませんよ。ずっと新作を書いていました」
「新作書いてるんですね! どういうお話なんですか?」
炎野がいきなり食いついた。播磨舞糸の作品を数多く呼んでいた炎野は、刑事を忘れ一ファンとしてこの場にいるのかもしれない。
「……断筆されるのではないんですか?」
【著】鶴城松之介
プロローグⅡ WRITE
住宅街の中心に位置する高層マンションにスーツ姿の男女が訪ねてきた。二人は重たい空気を身に纏わせ、チャイムを鳴らす。
「お忙しい中申し訳ありません、私アマカワ警察の京小剛明(けいごたけあき)と申します。播磨舞糸(はりままいと)さんですか? 少々お聞きしたいことがございますので、お話よろしいでしょうか」
静かに、淡々と京小は言った。
「え、刑事さんですか? ……なんでしょう」
播磨舞糸と思われる男はいきなり刑事が訪ねて来たことに、心臓が高鳴る。そのせいか声が吃り、不信感を与えていないか不安だった。京小はそんな播磨の態度に関係なく、質問に答える。
「いやぁ、申し訳ない、最近世間を騒がせている事件のことで先生のお話を聞かせていただきたく。知っておられるでしょう? 先生の作品を模倣した一連の事件ですよ」
京小はインターホン越しでも相手の挙動が見透かせるかのように、さっきまでとは違う表情をした。刑事としての仕事柄、最初から播磨舞糸を疑っているのかもしれない。この事件の犯人として。そう考えても不思議ではないだろう理由が、京小の言葉にもあった『播磨舞糸の作品を模倣した事件』という部分にある。
「そのことですか。まぁいいでしょう。断りたい気持ちは山々ですが、断ればこの先面倒なことに巻き込まれてしまいそうだ」
播磨にさっきまでの緊張はない。吃ることもなく軽快に言葉を連ねていた。それは明るい口調で、どこかビジネスチックな話し方ではある。
「今、ドアを開きますね。着いたらもういっかいチャイムを鳴らしてください」
「ご協力感謝します」
播磨がエントランスのドアを開け、京小と女刑事はエレベーターに向かう。
「案外素直に入れてくれましたね」
女刑事が京小に話しかけた。さっきまではただ立っていただけで、その凛とした見た目から厳しい口調の女性かと思われたが、意外と可愛げのある声だ。
「そうだな。まぁ、断る理由もないだろうからな。疑われる理由は減らした方が得策だ。犯人だとしたら……面倒な相手かもな」
京小は、答えながらエレベーターの三十二階を押す。
「それにしても、播磨舞糸ってどんな人なんでしょうか。人気のミステリー作家でデビューは十代の頃っていうんだから、たぶん私と同じくらいですよね。あんなに忙しいのに、事件を起こす暇なんてあるんでしょうか。私には播磨舞糸が犯人だとは思えませんよ」
ここに来たのは不本意だったのか、少しむくれて言う。女刑事はエレベーターの中で京小にもう少し文句を言おうとしたが
「お前はよく喋るな」
と一言であしらわれてしまい、黙った。人の意見はすぐに無視するから女刑事は京小のことが少し苦手である。もう少し会話をしてくれてもいいのに、そう思うことも多々あるようだ。
三十二階。エレベーターが到着すると、住人だろうか、男が一人入れ替わりでエレベーターに乗っていった。「こんにちは」と挨拶を交わしたが返事は返ってこず、そのまま下へと降りていった。二人はそのまま播磨の部屋へ向かいチャイムを鳴らす。しかし、すぐに反応はなく、二人は一分ほど立ち尽くすことになる。
「トイレですかねぇ」
女刑事が前を向いたまま、話しかけるわけではなく呟いた。少し間を置き、ガチャリとインターホンのスイッチが入り
「京小です」
「すみませ~ん、今向かいますね」
チャイムに名乗ると急いで返答があり、小走りする音が聞こえ、ドアが開く。メガネを掛けた若い男が迎えてくれた。
「お待たせしました」
軽く息を切らし、ニコリと笑い二人を玄関にあげる播磨は、キチッとした服装ではないものの、清潔な印象を与えるには充分な雰囲気である。ミステリー作家に対する女刑事の個人的なイメージはボサボサで顔色が悪く、不機嫌そうで取っ付き難い。といった良いイメージを持っていなかっただけに、先ほどまでの立場とは逆で、少し緊張してしまっているようだ。
「炎(えん)野(の)貴(き)衣(い)利(り)、二八歳です」
「歳はどうでもよくないか、私が京小剛明です」
自己紹介として、つい年齢まで言ってしまった自分が恥ずかしくなった上に、そこを指摘されるという追い打ちをかけられた。言われなくてもわかっているのに。三十歳を手前にして結婚を意識しているが相手がいない、その意識からか若い男を前にするといつもの癖で刑事としてではなく、女として自分を紹介してしまうのだ。
その点京小は全てに冷静な態度を取っていた。人によってはつまらない人間だと言うものもいるだろうが、刑事として細かなところまで目を配り、常に冷静な判断を下せるところは優秀な刑事と言える。
「私が小説家の播磨舞糸です。って知ってますよね。どうぞ、上がってください」
リビングへつくと、二人はソファに座り播磨は珈琲を入れに行った。
「何か作業でもしていたのですか?」
京小が話しかける。
「あ、もしかして締切が近かったりしましたっ?」
作家には締切がつきものだが、そのことを失念していた炎野は焦って聞いた。京小は播磨が出てくるまでに待つこととなった少しの時間を気にしていたのだ。何か見られてはまずいもの、あるいは準備しなければいけないことがあったのではないかと。
「すいません、パジャマだったもので着替えてたんですよ。この部屋に来る人なんて担当編集くらいしかいないから、いつも適当な格好でしてね。初対面でパジャマはまずいでしょ?」
特に焦る様子もなく答えた播磨の回答は、本当かどうかは実際のところわかりはしないが、京小にとっては貴重な情報となるのかもしれない。手がかりやボロがあればそこを追求する。刑事の嫌な部分が行動や言葉に出てきている。
「忙して申し訳ないね」
「気にしないでください」
珈琲をテーブルに置き、ソファに座り込んだ。播磨としても刑事が自分を疑っていることは考えるまでもなくわかっていることだったが、自分は無実なのだから普通にしていればいい。そう思っていた。
「早速本題なのですが、先生の作品によく似た事件が頻発しているのはご存知ですよね」
「それくらいは。私の名が出ていることなので、嫌でも耳に入ってきますね」
「まぁ、模倣だとか、同じ事件だとか言われてはいますが、一言一句同じ事件というわけではなく、被害状況やトリックが参考に使われている程度だと思うんですがね」
ほぼ毎日執筆している播磨は世間の動きに疎い。そのため、ニュースなども軽く耳にする程度で詳しくは知らなかった。自身の作品に関連した事件も担当編集から直接連絡があって知ったほどだ。
そして、京小は遠慮すること無く、質問を続けていた。その様子を炎野はメモを取る。
「では、昨日の夜だいたい二十時から二十三時ごろなんですが、どこで何をしていたかお答え願えますか」
「アリバイってやつですね。だとすると僕にアリバイはありませんよ。ずっと新作を書いていました」
「新作書いてるんですね! どういうお話なんですか?」
炎野がいきなり食いついた。播磨舞糸の作品を数多く呼んでいた炎野は、刑事を忘れ一ファンとしてこの場にいるのかもしれない。
「……断筆されるのではないんですか?」