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レンズの向こう

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 大学生になって間もない頃、私はサークルのコンパに出席した。
すると、慣れない雰囲気に戸惑っている私の隣に、ひとりの先輩がやってきた。豪放磊落なその先輩は自信の塊のような人だった。場を楽しませてくれ、おかげで私は楽しい時間を過ごすことができた。
 そんな私に別の先輩が、あいつには気をつけろよ、と耳打ちしたが、私は先輩に送ってもらうことになった。私が帰ると言ったら、強引に送ると言い張ったからだ。
 店を出る時の先輩の足取りは危なかった。これでは、私が送る破目になるのではないかと思うくらい。ところが驚いたことに、先輩は離れた所に車を止めてあるからそれで送ると言い出したのだ。酔いなんて歩いているうちに醒めるから大丈夫だと。
 そして、二十分ほどブラブラと歩き車に着いた。たしかに、その頃になると先輩の足取りはしっかりとしていた。とはいえ、今日知り合ったばかりの人の車にこの状況で同乗するというのは、あまりに無謀だ。それでも助手席に座ってしまったのは、私がまだ若かった上、自分もアルコールで気が大きくなっていたせいだろう。
 都心ではなく、また交通量の少ない夜間であったことが幸いし、私は無事に家まで送られた。こうして何事もなくその夜は過ぎた。
 
 私たちは、それをきっかけに付き合うようになった。交際は順調に続き、私が大学を卒業すると同時に私たちは結婚した。式では多くの親族友人に祝福され、私は幸せな花嫁となった。度量の広い彼との暮らしは楽しいもので、子どもにも恵まれ、その子どもたちが成長し、孫もうまれた。
 
 そして、いつしか私は還暦を迎える歳になっていた。子どもたちから何かお祝いをと言われ、遺影の写真を撮ってほしいと私は答えた。仏壇に飾ってある両親の写真を常々眺めていて、私もそろそろ自分のお気に入りの写真を用意しておかなければと思っていたからだ。
 お祝いなのに縁起でもないと乗り気でない子どもたちに、いつかは必要になるのだから、と私は譲らなかった。
 すると、子どもたちは私のために、奇跡の一枚を撮ってくれると評判の写真館を探してきてくれた。
 メイク室まで備わったその写真館で、髪を整え、メイクをしてもらい、いよいよカメラの前に座る瞬間がやって来た。身なりを整え、背筋を伸ばし、この姿が永遠にみんなの脳裏に残るのだ、そう思うと、これまでの人生が走馬灯のように私の頭の中を駆け巡った。
 そして、夫に出会ったあの夜のことが浮かんだ時、見つめるカメラのレンズの向こうに私は別の自分を見た気がした。その瞬間フラッシュがたかれ、目の前が真っ白になり、辺りの視界が消えた。そしてそこには、少しやつれた私の姿があり、不思議なことに、その目の奥にはもうひとつの私の人生が存在していた。
 
   * * * * * * * *
 
 大学生になったばかりのあの夜、先輩の車に乗った私は、事故に合っていた。幸い、他人を巻き込むことはなかったが、先輩は飲酒運転で免停、私は車いすの生活を強いられる結果となってしまった。
 私の両親は怒りが収まらず、先輩は自分の両親とともに何度も頭を下げに来たが決して許すことはなかった。それは、とても悲しい光景として私の脳裏に刻まれた。そして、自分の意志で同乗した私にも過失があったとはいえ、あまりの大きな代償に私の若い日々は涙とともに過ぎて行った。
 
 年月は流れ、私の行く末を心配しながら父が、そして後を追うように母がこの世を去った。そしてひとり残された私には、今度は孤独という苦しみが加わることになった。そんな悲嘆にくれた母の葬儀の時、あの先輩が現れた。
 先輩は母の遺影に深々と頭を下げ、しばらくの間動かなかった。
 そして後日、先輩は私の元を訪れ、あの若き日のことを改めて謝罪した。その白髪の目立つ頭を見て、私の心は複雑な感情に襲われた。
 大切な時期を奪われた無念さを消すことはできないが、一方で、長い時間のおかげでもうすべてを受け入れられる心境に達していたのだろう。
 そんな私を驚かせたのは、先輩はあれから一度も家庭を持つことなく、遠くからずっと私を見守ってくれていたということだった。その先輩の思いに、謝罪の気持ちはもう十分伝わったと私は答えた。
 ところが先輩は、ひとりになった私を支えてこれからの人生を一緒に歩んで行きたいと申し出た。それは単なる贖罪の思いだけではなく、あの夜の続きをずっと待っていたからだと付け加えた。あの頃の強引さは相変わらずで、現在、私は先輩とおだやかな日々を送っている。
 
   * * * * * * * *
 
 こうして、不遇な私になっても支えてくれる夫の深い愛を知った。と同時に、若気の至りとはいえ、常識をおろそかにすると恐ろしい結果が起こりうるということに私は身震いした。
 

 そして次の瞬間、フラッシュの眩しさから解放された私の視界には、撮影に付き添ってくれている夫や子どもたちの笑顔が映った。

作品名:レンズの向こう 作家名:鏡湖