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11月 ムカデの夢

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 どんどん回って速度を上げながら私を遠い記憶に完全に連れて行こうとする。17歳の記憶のただ中に。嫌だ。でも、もうダメだ・・・
 私の意識が遠のきかかって半分以上倒れかかった体を、何事かと振り返った夫が慌てて支えた。
「なんだ。奴さんいるじゃんか。大胆なアピールだな。惚れられたか?」
「・・・ばか」
 踏切の警報機の点滅のように薄れていく景色の中で、頼もし気に微かに微笑み支える夫の顔と制服姿をした固く口を結んだ澪の顔が交互に見えた。それがいつしか狼にそっくりな目をしている祥二の顔と、澪の顔だけになった。
 2人が私をじっと見つめて交互に点滅する。私の中のなにかを射るように見つめる澪の目が焼き付く。



                          5


「吹雪ちゃーん!一緒にお弁当食べようー」
 いつもの昼食場所に鞄ごと持って移動しようとしていた時に、澪が肩の上までのブローがかった髪の毛を機嫌良く揺らせながらコンビニ袋を手にぶら下げて近寄ってきた。
 相変らず耳のピアスがそうしなきゃいけないみたいに反射している。
 私は目を細くしながら、いいけどと言って先に立って教室を出て行った。
 正直、何処でも何するのでも一緒みたいな、なれ合いのベタついた糸を引くような関係は好きじゃなかった。澪は気紛れな一匹猫だからその心配はないけど、なんだかその言い方が気に食わなかったのだ。
 澪は、彼女にしては急ぎ足で私の後を追って、階段を登ってきた。私は無視して真っ直ぐ屋上に向かう。
 途中の踊り場で、強い派閥グループを作っている同級生の女子3人に澪は呼び止められた。
「ちょっと、待ちなよ。あんたでしょ? この子の彼氏誘惑したの?」
「は? なにそれ。知らない」とっさの事態なのにも関わらず、澪は一向に怖じ気ずく様子なく対応している。
 私はなんだか面白そうなので立ち止まり、階段の手すりに寄り掛かり上から、窓から差し込む夏の終わりの密度の高い強い日差しとのコントラストで一層濃く影になっているその湿ったような冷ややかな吹きだまりにたむろって、陰湿な闇の生き物のように蠢いている彼女らの様子を目を凝らして見ていた。
「とぼけんじゃないよ。あんたが人の男誘惑して告らせて、終いにはこっぴどく振った事みんな知ってんだから」
「あぁ。この間いきなり告ってきた、あの全然冴えない男? あたし、あぁいう汗臭い感じのガツガツ系趣味じゃないんだよね」さらっと澪は面倒臭そうにそう答えた。
 3人のうちの奥にいた控え目そうな1人が、いきなり拳を掲げて澪に掴み掛かってきた。
 澪はそれを軽く避けると、前のめりにつんのめったその彼女を助けようとして駆け寄った他の2人に更に言った。
「なんか盲目になり過ぎじゃない? だってまだ高校生じゃん。そんな目くじら立てなくても良くない? 男なんて、まだまだ遊びたい盛りに決まってるよ」
 途端に、空気をゴチャゴチャに綯い交ぜにするようなヒステリックな金切り声が飛んできた。
「偉そうに!あんたみたいな尻軽女になにがわかるのよ!」
「重きゃいいってもんじゃないでしょ。大体、矛先向ける相手違くない? あのガツガツ系は彼女がいるくせに図々しくあたしに告ってきたんだよ。そんな最低な男と付き合ってんだって認めなよ」
「私は彼を信じてるの!」昼ドラの在り来りでベタな台詞を大声で口にする彼女。完全になり切って浸ってる。
「信じてるって何? なにを信じてるの? あんたが信じてるのは自分の理想でしょ? 信じたきゃ勝手に信じればいいじゃない。けど、部外者のあたしに言ってくるのはお門違いだから」
 要点を突いた言葉に、悲劇のヒロイン的にも見える雰囲気で悲壮感を浮かべて蹲っている女史達は、ただ無表情に淡々と話す澪になにも言い返せなくなってしまった。
「誰かを勝手に信じるのと、誰かに勝手に裏切られるのとは何の関係もないんだって覚えといた方がいい。あと、せっかくの昼休みをそんなくだらない時間に当てて悲壮に暮れるのもどうかと思う」
 そこまで言い捨てると、澪はなにも無かったような涼しい顔をして制服のスカートを翻し、再び階段を登り始めた。
 残された女子達は、まるで美術館の隅に打ち捨てられた珍しくも面白くもなんともない、特に見る気も起きないようなスペース埋めの為だけの石像みたいに暗い床に這いつくばって固まっていた。微かにしゃくり上げるような耳障りな音がしただけだった。その浸り切った様子は、見ていても何だか哀れな感じだった。

「吹雪ちゃんってさ、冷たいよねーー」
 夏も終わりの熱気漂う屋上に出て、日陰を探して手すりの少し離れたコンクリートに座り込んだ時に、そんな私には関係なく手すりにもたれて、持参した焼きそばパンを先に齧りながら澪が言った。
「あんたに言われたかないけど」
 澪は太陽を反射でもしているみたいに、私の目には全体的に白っぽく捉えようがないくらいに眩しくて、そしてぼわーんと暗くて、ただ手すりにもたれてそこにいるだろう輪郭のようなものしか掴めなかった。
「小さい頃はあたしが虐められてたら、よく助けてくれたじゃない? 吹雪ちゃんは空手習ってたからすごく強くて。あれ、嬉しかった」
 澪は保育園の時から今のような性格だったので、小学校に行っても、グループ作りが好きな狡猾な女子達から思いっきり嫌われて苛めの対象になっていたのだ。
 更に質の悪いバカ男子からも苛められていた。それでもどんなに虐められようと、澪は決して人前では屈しようとはしなかった。けれど、何故か私にだけは泣きついてきた。
 当時、家が近かったからかもしれない。澪は他の同級生は敢えて仲良くなろうとはしなかったのだが、私とは姉妹のように仲良くしていた。お互いに一人っ子で姉妹が欲しかったのもあるのかもしれない。だから私もいつしか澪を妹のように思い、守ったりしていたのだ。中学生になって、クラスが別れるまでは。
 クラスが別れてしまうと、自然交流も共通の話題もなくなり、澪も自分で自分の身を守る術をある程度は体得したらしく、そうそう私に泣きついてくる事もなくなった。
「ふーん・・・そう」
 私は珍しく帰った時に持たされた母の手作り弁当を、青いプラスチックの箸でつつきながら興味なく相槌を打った。
 おかずは母の得意の地味な味をした煮物と、コロッケと卵焼きだった。さっぱりした冷やし中華でも食べたいと、まだ鳴いている蝉の声を聞きながら思った。
「今も、空手やってるの?」
「してない」
 空手なんて2年前に勉強が忙しくなったのを理由に、もうとっくにやめていた。
「そっか」
 澪は焼きそばパンを咀嚼しながら、無表情な魚のような目でしばらく私を見つめていたが、ふと食べ終わると足下の半分溶けかかっているビニール袋からパックのミックスジュースを取り出して、そこにストローを突き刺すと振り返って手すりの外に広がる校庭と山と、その合間に見える団地の群れと、その上に重た気な雲が立ち上がっているうっとおしいくらいの夏空を眺めながら、微かな音をたててジュースを吸った。
作品名:11月 ムカデの夢 作家名:ぬゑ