カワセミ
ぎこちなく目を合わせると、瞳の中をダイレクトに覗かれた。
「 カナシイデスネ。」
「 うん。ごめんね 」
さっきの無愛想な自分が恥ずかしくなって俯く。 白い柵からはみ出る雑草と、 お気に入りの黄色いパンプス。
「 ね、私売ってないのよ」
一応、 言ってみる。
「 シッテイマス。」
「 そう 」
ほっとして顔を上げると、
「 ワタシ、オカネアリマセーン。」
ウィンクしながらおどけて肩をすくめてみせるのを見て、 自然に笑いがこぼれた。 開放された気分になって柵につかまり、 こわばってしまった体を少し、 伸ばした。
そうよね。 世界がすべて汚れているわけじゃない。
自分の目次第。 自分次第なんだ。
その時、また電話が鳴った。
— ダイジョウブ?
見守る優しい瞳にうなずいて、取り出した電話を見た。
『 もしもし、うん、アイだよ。ごめんね、出がけに……色々あって…… 』
理由を言おうとする喉の奥に何か詰まりそうな予感がして、黙る。
―― アイ、 泣いてるの? またあいつ? もう。 遅い! 早く来て、 こっちで悪口いえばいいのに。 みんな、 待ってるから。
「あはは。 さすがに"ちょっぱや3分"は無理だけどうん、 ハイハイ 。 了解 。"なるはや"でいきます 」
友人の言葉に笑って携帯をしまうと、 彼に向き直って笑いかけた。
「 ありがとう。 また、 会えるかな 」
「 イマノ、 ステキナエガオデ、 キテクダサイ。 」
屈託のない笑顔に、 つい、 つられて笑うと、 泣いていた目が痛む。
でも、 清々しい痛みだった。
「 うん。ステキなエガオ、 ね。 じゃあ、 私行くから 」
「 マタ、 キテクダサイ。 オマチシテオリマス。 」
どこかのお店で帰り際に聞いたような言葉に、 クスッと笑って、
「 またね 」
軽く挙げた手を握り、 再び駅に向かった。
— 化粧、 直して。 それから、 今夜を楽しむんだ。
駅に着いたその足でトイレに向かい、 手を洗いながら鏡をそっと盗み見る。
大丈夫。大丈夫。 男に振り回されるバカなアイはもういない。
泣かないよ。
目当ての電車に乗り込み、 携帯を取り出す。 しなきゃいけない事がある。
ドアに寄りかかって、 画面に言葉を打ち込む。
ぼんやりドアに目をやると、 窓の外の景色の中、 色とりどりに流れていく光が、 塩気てるまぶたを刺激して、 目を閉じた。 しばらく目を休ませれば、 フラットな自分が戻ってくる。
―― 川せみの ねらい誤る 濁りかな ――
濁った水も 、清きに流れて再び透き通る時が来る。
血を吐くまで鳴き続けていた鳥に、 教えてあげたい。 朝から晩まで泣き続けなくていいんだってこと。
— 清流のない都会で生きる一羽のカワセミの、強く美しい姿を。