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富士樹海奇譚 見えざる敵 下乃巻

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七 罠破り


https://www.youtube.com/watch?v=8UAudR5O8Hk&t=76s
Tibetan Ritual Music

熊一がゆっくりと、罠の中の仕掛けられた丘の上を警戒しながら歩く。
ヤツは何処から襲ってくるかわからない。
前か後か。右か左か。いや頭上からも襲ってくる。
間違いなくヤツはこちらを見ている。
なぜなら此処には餌があるからだ。
見えない敵が、こちらを見て笑っているぞ。
さあ出てこいよ。
腹黒く笑うお前の顔を見せてみろよ。
夏虫の声が一層。大きく聞こえる。
いやな冷たい汗が背中を滝のように流れる。
心の臓が叩きつける音がこれほどまでに大きく感じたことはない。
木陰から欣三が源吾がそして安田が固唾を飲んで見守っている。

旋風が吹き、蔦を使った網が、突然、熊一の足元の地面に落ちた。
熊一は驚いて振りかえる!
鳥たちが驚いて飛び立つが、網には何もかかっていない。
ヤツはすぐそこまで来ている!

蔓草を利用した苦無(くない)の発射装置から、勢いよく苦無が飛んでくる!
身を躱しながら、熊一は辺りの様子をうかがった。
場所が分かっているから避けられるものの、怪我をしても不思議ではない。
ヤツをすぐ身近に感じる。
もうあと数歩で落とし穴だ。
熊一にも逃げ場はない。
もしかしたら・・。
熊一は藪から棒に、刀を振り回してみた。

静寂_。

ドスン!と突然大きな音がして、何か大きなものが落とし穴に落ちた!
やった!
源吾が、思わず声を上げた。
穴から飛び出したのは無数の土蜂の群れに纏われつかれた、身の丈7尺はあろうかという
巨大な白いケモノ。その毛の一本一本は針のように硬そうで長い。それらが筋肉の動きにつれて波のように動くと光を反射しているのだろうか、きらきらと輝く。だが土蜂に群がられて黒い巨大な塊と化したケモノは狂ったように咆哮を繰り返し、地面を転げまわる。蜂毒にやられたのか、その姿をはっきり見えるようになったが、イタチのような、大猿のようななんとも捉え難い容姿の化け物。目に見えるならば!即席の竹槍で寄ってたかってケモノに襲いかかる。鋭い叫びを上げるとケモノは、跳躍を繰り返し、地を蹴り、樹木の幹を蹴りあがり、太い枝に登るとさらに大きく腕を伸ばすと腕から太腿にかけて飛膜を広げて木々の間を滑空していく!竹槍を投げつけるが、既に届かない!
竹槍を投げた熊一は、足元の浮石を踏んで体制を崩した。

「任せろ!」
俊足の欣三がケモノを追う!
「拙者も!」
安田が後を追う。

ヤツがモモンガの化け物なら、こっちのもんだ!

木々の間を体勢を崩しながら飛んでゆくヤツを欣三が追う。
バラバラと土蜂の死骸や、抜け落ちた硬くて長い毛が落ちてくる。
欣三が上に向けて手裏剣を投げると、手応えがあり、ヤツが木に激突して落ちてくる!
健四郎と吟次の仇は俺がとる!
欣三が忍び刀を抜く!
ドスン!と地面に落ちたモモンガの化け物から空かさず駆け寄り
欣三はえいっ!とばかりに斬りかかる!
金属の当たるような音がして・・
ケモノが振り返ると、赤い充血した眼を向ける。
その形相のなんともいえぬ名状し難き状に一瞬、恐れを抱く。
なんたる剛毛!長い針のような体毛は、まるで金属の甲冑を纏っているような硬さを持っているようだ。もういちど斬りかかるも効果はなく、返って刃こぼれが起きるほどに硬い。
ではいちばん鍛えられないところを攻めるしかない。
手裏剣を瞼に向かって投げつけると、躱すことはできてもケモノは後方に転倒するが瞬時に起き上がり、こちらを威嚇してくる。
小柄の欣三に対してケモノの身の丈は大きい。吟次程の体格はあるのではないか。
長い腕。そして長い掌に生えた五本の長い鉤爪。
まるで猫科の動物のような背筋を反らしての威嚇体制に怖気が走る。
睨みあいの末、欣三は、ケモノに忍び刀を突きだす。
するとケモノは欣三の背中に鉤爪をめり込ませ、上から体を入れ替えるように飛び上がる。
“敵に背中を見せてはならない、なにがあっても“
健四郎の言葉が、欣三の脳裏をよぎった。だが遅かった。
ケモノは背中の長い硬い針ような体毛を欣三めがけて、発射した。
無数の針を背中に受け、それでも体を翻す欣三は、鉤爪で抉られたところと針が刺さったところが、ジンジンと熱く発熱しているのを感じる。恐らくはケモノの毒が体内に回っているのだろう。これでは分が悪い。
焦りと痛みが溢れかえり、怒りの感情すら押し流そうとする。
相手が人であろうと野獣であろうと、弱気を見せたらそこで勝敗はついてしまう。
その瞬時の判断の誤りで、命を落とすこともある。
忍び刀を構え直した次の瞬間、ケモノは赤い唾を吐きつけ、欣三の左目に当たった。
燃えるような熱を痛みを伴った痛みに左目を抑えながら、欣三は目暗ましの爆薬をケモノに投げつけ、破裂して火花が散るや否や懐に隠していた幕を張る。
木頓の術_。
身を隠すための頓術の中ではいちばん有用で有効な術として、子供の頃にいちばん最初に習った術だった。木の葉の迷彩を施した幕を広げて木の葉のうえに隠れる。単純極まりない戦法ながら敵を欺くには最適_。確かに今回もケモノは爆薬に驚いて、周囲をうかがっているようだ。
声を上げるな。
痛くても。
息をするな。
痛くても。
子供の頃の教えは今でも覚えている。
しかし、左目が焼けるように痛い。
堪らなく痛い。

ん、ヤツの気配がない_。

“油断大敵“
健四郎の言葉が刺さった。

幕の上から巨体が欣三の身体を押しつぶした。
内臓が口からはみ出るのではないかと思えるほどの圧迫感。
迷彩幕を剥ぎ取り、ケモノは欣三の腹といわず、顔といわず蹴り続けた。
そして生臭い息を欣三の顔に吹きかけた。
その充血した野獣の目。モモンガやテンジクネズミのようなげっ歯類の顔つき。
いやそれ以外に悍ましいものを感じる面構えだ_。
欣三は忍び刀を突き出すが、ケモノはいとも簡単に刀を奪い取ってしまった。

その一部始終を叢に身を潜めて、安田は見ていた。

なんてことだ。
ヤツは欣三から奪った忍び刀を“使って“刺殺した・・・!
ヤツは道具を“使った“!
万物の霊長たる人間様以外で道具を使うことのできるものなどいるのか!
しかしヤツを見よ!
我々の仕掛けた数々の罠を避けて通り、今ヤツは人間様の道具である刀を使って・・
使い方を知っていて、使うことができる・・!
なんてことだ、今度は欣三の生皮を剝がしにかかった。
なんと手際のよいことよ!
しかも・・・ヤツの使い慣れた手の返しは・・!

・ ・・しまった!?
安田は自問自答した結果、あることに気づいた。
早く熊一に知らせねば!

安田が立ち上がった瞬間、後ろの叢からなにものかに襲われた。
振り向きざまに現れたのは、赤剥けにされた人喰鬼のひとりが生き残って脱走したのであろうか_。無残な姿の、人喰鬼が安田の喉元に食らいついてきたのだ。
安田は両手で人喰鬼の喉を締めるが、だが食らいついた歯を止めない人喰鬼の力は強い。
顔面を殴っても殴っても離そうとしない。かくなる上は、顔を手で探り両目を探り当てたので、安田は人喰鬼の眼孔も指を立てて思い切り押し込んだ。