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富士樹海奇譚 見えざる敵 下乃巻

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「熊一兄よ、忍びは人だけではない。俺は目が見えないからわからんが爺さんに聞いたことがある。コノハチョウが枯葉に紛れるように。カマキリが獲物に気づかれないように草木と同じ色に紛れるように。」錦七は物知り顔でいう。
「そう。おそらく擬態するのだよ、奴は。」安田は締めくくった。
「で、どうする、熊一兄」欣三が顔を上げる。
「友達にはなれそうもない。しかも奴は我々を殺そうとしている。逃げても襲ってくるだけだろう。となれば、罠を仕掛けて仕留めるしかなさそうだな。」
熊一が言うと、欣三は立ち上がる。
「それしかないな、んならさっさとやろうぜ、俺は早く帰りたい。」
源吾も立ち上がる。
「おれもさっさとかえりたい。」

それから半日かけて大掛かりな罠を仕掛けた。
錦七は蔓を使って縄を綯い網を編んだ。
さをりは棘に草木を絞った毒を塗る。
男たちは手分けして地形に合わせた罠を数々設置した。
自分たちのいる小高い丘の上を中心にした八区画に分け、其々に毒薬を塗った鋭利な枝やら、太い幹に身体を寄せた瞬間に網を落としたり、数々の落とし穴など準備が整った。
源吾が笑い声をあげた自分たちのいる丘の裏の崖で見つけた巨大な蜂の巣を両手に太い枝を使って持ち上げて見せた。「これを落とし穴の中で燻しておけば、面白くなるんじゃないか?」男たちは笑い出した。源吾は近くの落とし穴の中にそっと巨大な蜂の巣を投げ入れて、落ち葉の蓋をした。

昼過ぎには熊一と欣三が仕留めた兎を焼いて、たらふく干し飯を食った。
ほどなく源吾がいびきをかいて眠りだした。
「いいきなもんだ。敵が狙ってきているというのに。」
さをりが傍らで山刀を使い手際よく棘(いばら)を作ってゆく。
「さすがは山の民だ、手際が良いことこの上ないわ。」
安田が鼻の頭を指で引っ搔く。
「安田殿も今のうちに休まれるがいい。陽の高いうちは奴も襲ってはこないでしょう。」
熊一は安田を気遣うと、さをりにも休むように促す。
「これだけの罠を仕掛けたんだ、奴も迂闊には近づけまい。」
さをりが頷くと、熊一は嘯く。
「あれは、お前たちの奉るこの森の神様なのか_?」
さをりは熊一を見ると、呆けた顔をする「わからない・・。」
「俺たちは神様相手に殺し合いを仕掛けているのか、と心配になってな。」
さをりは木に登り太い幹の上で横になる。
あぁ、そこなら男たちも手を出せないよな、と熊一は思った。

陽が傾き、夜の虫が鳴き始めた。
だが周囲に変わりはなかった。
熊一は安田に罠の仕掛けを確認して説明した。
「なかなか罠にかからないもんだな。」
飽き始めた安田が悪態をつき始める。
「ヤツは、腹をすかして、餌が出てくるのを待っているのでござる。
恐らく奴はこのすぐ近くでジッとこちらを見ているでしょう。
罠を仕掛けたら、あとは必要なのは餌だ。」

「えさ?」安田が顔をしかめる。

「餌は生餌の方がいいだろ。
拙者か、お主か_?」

安田の顔が凍り付いた。
源吾がようやく起き上がり、大きく伸びをした。