ふうらい。~助平権兵衛放浪記 第三章
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近くの遊里で遊ぶつもりが、足はいつしか掛川の城下町まできていた。
新町通りの掘留でおでんの屋台がでている。
ちょうど腹がすいたころだ。権兵衛は屋台の空き樽に腰掛け、オヤジに酒とちくわ、ゴボウ巻きなどを注文した。
「へい、お待ち」
冷や酒を呑みながらちくわに箸を伸ばす。
「江戸か……」
つい、独りごとが漏れた。あの“野良犬”たちは江戸からきた……といっていた。江戸のどこだろうか?
権兵衛は下総の松戸にある浅利道場にいたが、師匠の師匠である江戸剣壇の名門、中西忠兵衛の一刀流道場にも出稽古に通っていた。
よく稽古帰りにおでん屋の屋台で朋輩と酒を呑んだ記憶が甦る。
(そういえば……あのひとはいま、どうしているだろうか?)
浅利道場の次席師範代を務め、権兵衛と同じく熱心に中西道場にも通って業前を磨いていた、あの男……。
ガタ、とふいに隣で空き樽を動かす音がして権兵衛は思惟を破られた。
隣の席に客が座ったのだろう、権兵衛は素知らぬふうで猪口に手を伸ばす。
すると、頬に刺さるような視線を感じた。
宙空で猪口をとめる。
権兵衛は隣に座った人物をみた。
その人物はじっと権兵衛をみつめている。
「すけひら……助平じゃないか……!」
「里嶋……さん……!」
浅利道場の元次席師範代・里嶋庄八郎がそこにいた。
第四章につづく
作品名:ふうらい。~助平権兵衛放浪記 第三章 作家名:松浪文志郎