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松浪文志郎
松浪文志郎
novelistID. 62568
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ふうらい。~助平権兵衛放浪記 第三章

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 桜の花もちらほらとほころびはじめた春の昼下がり――
辰澤村を東西に横断する逆川の土手下で、権兵衛はのんびりと釣り糸を垂れていた。

「おじちゃん、釣れる?」

だれかと思えば、松葉模様の小袖を着たハナが無邪気な顔で魚籠のなかを覗き込んでいる。

「なんだ、おハナ坊か」

「ハナちゃんて呼んで」

ハナが身を寄せるように権兵衛の隣に座り込む。

「あの浪人には近寄るな――って、おっかさんからいわれてるんじゃないのか?」

「なんでわかるの?」

「なんとなく……な」

 出で湯の場所を案内してくれたあの晩以来、妙は権兵衛と視線すら合わせようとしない。
あんなにおおきな声をあげておきながら……とも思うが、女心は複雑で相反するふたつの感情が胸の中でせめぎあっているのもわかる。
権兵衛は放っておくことにした。やらかしてしまった以上、白々しく機嫌をとりにゆくのも逆効果だろう。

「おじちゃん、ごんべえ……っていうの?」

「ああ、拙者、助平権兵衛と申す」

わざとかしこまって権兵衛はハナに返す。

「すけひら……ごんべえ……じゃあ、すけべえだ、キャハ!」

ハナが陽気なわらい声をたててはしゃぐ。「すけべえ、すけべえ」と繰り返し、権兵衛をからかって楽しんでいる。

「こらこら、ひとの名前を勝手に略すんじゃない。失礼だろ」

権兵衛は川面に視線を向けたまま軽く叱りつける。

「ねえ……」

ハナが妙な間をつくった。その先の言葉がなかなかでてこない。
なにがいいたいのだろう……。権兵衛は気になって川面からハナに顔を向けた。

「おじちゃんは悪いひとなの?」

「!………」

 権兵衛はどきり、胸を突かれた。けっこう直截な問いだ。

「まあ……そうかも知れないな」

「なんで?」

ハナが小首をかしげてこちらを見つめている。

「おじちゃんはハナを助けてくれたんでしょ?」

「まあ、そうだ」

「しゃあ、いいひとじゃん」

「おハナ坊……」

「ハナちゃん!」

ハナがすかさず訂正を申し入れる。
権兵衛は体ごとハナに向き直ると、「ようく、聞くんだ」と大人に語りかけるような口調でいった。

「悪いひとというのは明日がないんだ」

「あした……?」

「未来や希望といいかえてもいい。そういうものがないから、欲しいものがあったらすぐ手をだす。ひとの気持ちや後先考えずに強引に奪おうとする。お祖父さんやおっかさんを脅しつけにきたあのヤクザどもがそうだ。
オレも同じさ。明日というものを持たない。いや、持てないんだ」

「持てばいいじゃん」

ハナが権兵衛の袖をつかむ。

「おじちゃんがここに住めばいい。そしたら明日が持てるよ」

「ハナ……」

「そうしよ。ねえ、そうしようよ!」

権兵衛の袖をつかんだままねだるように左右に揺する。
そのあどけない仕草に、苦笑ともいえない笑みが権兵衛の顔にこぼれかけた、そのとき――

「おお、ここにおったか!」

土手の上から太兵衛のしわがれた声が響いてきた。

「お祖父ちゃん!」

「太兵衛どの!」

「おハナ坊、おとっつあんがもどってきたぞ、三人も助っ人を連れてな。
さあ権兵衛さん、あんたもきてくれ!」