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股野 特大
股野 特大
novelistID. 38476
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私鉄沿線物語

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浅井由美 30歳。会社員派遣、独身。

由美はこの春、東京から福岡へ引っ越してきた。会社の転勤とかではなく失恋したからだ。
2年付き合った彼氏にフラれた。原因は性癖だった。
由美の住んでいた東京の部屋の窓からも電車が騒音を上げて一日何本も走るのが見えた。
由美は彼氏とセックスをする時、窓を開けたがった。
「なんだよ~由美。見られちゃうじゃん。窓閉めなよ」
「いいじゃない。この方が興奮するし」
「おまえそんなだった?そんな性癖だったっけ?」
「この部屋に来てからよ。そこの窓開けて、あなたのことを思い出しながらオナニーしてたらすごく感じちゃって・・・」
「見られてるぞ」
「見えやしないよ。一瞬だもの。それがゾクゾクしちゃうの」
「変態かっ!」
「遊びよ、遊び・・・もぉ~~」
そう言われて由美は彼氏の前ではその行為を「もうしてない」と言ってたのだが、彼とセックスをする時、窓が開いてないともうひとつ興奮できないのが本音だった。
いけない、恥ずかしいドーパミンが出てこないのだろうか?
彼とのセックスはいつも物足りなさが残った。
ある日、由美はいつものように窓を開けてオナニーに夢中になっていた。
携帯電話が鳴る。
彼からだった。
「由美・・・見えたよ。今、オナニーしてただろう」
「えっ?」いきなりのことで由美は玄関を振り返った。誰もいない。
「電車に乗ってたんだ。お前の部屋・・見た」
馬鹿な・・・由美は下着を脱いだ下半身のまま窓に近寄り閉めた。
「変態だなっ!」
「馬鹿・・いいじゃん!」
「俺はそんな女と付き合えねぇ。別れるからな」
それっきり彼からの連絡は途絶えた。

性癖は人それぞれだ。誰にも見せないし知られたくないのだが、たかが、それぐらいというのもある。
人様に迷惑をかけてる訳じゃない・・・いや、見た方は気分が悪くなるかも・・馬鹿・・いや。
由美はまさか電車から本当に見えているとは思わなかった。
ほんの一瞬、電車は窓を横切るだけだ。
まさか・・・。

F1レーサーやボクサーは動態視力がいいと聞く。
そういう人に見られたかもしれないが、そういう人は少数だし、一瞬のことだからわからないはず・・そう思っていた。
彼が見えたと言ったのは本当だろうか・・・。
ちょうどオナニーしてたし・・・間違いないのだろう。
だけど由美はそのことで恥ずかしいとは思わなかった。
恥ずかしさを承知して、より快感を得ていたからだ。
でも・・見えていたのか・・・・

それからしばらく由美は窓を閉めて、股のクリクリをいじったりしたがどうも興奮は続かなかった。
窓を開けたい衝動にかられる。
しかし、この間の彼からの電話がトラウマなのだろうか、窓をあけることをためらった。

彼氏もいない。
仕事もなんだか最近は面白くない。
東京の街もなんだか魅力がない。
いっそ、どこか知らない町へ引っ越そうか・・・

そして、由美は発作的に福岡へ来た。
なんのあてもしがらみもなく自由に生きよう・・そう思ったのだ。

民泊の部屋を一週間借りて、その間に家探しをした。もちろん電車が見える部屋だ。
幾つかの不動産屋を回り物件を紹介してもらった。
窓から数10m先を東京より早いスピードで通り過ぎる場所を見つけた。
ここなら絶対に覗かれない・・・いい場所かも。
部屋を決めた翌週には仕事も見つかった。
由美は新しい世界を手に入れた。



作品名:私鉄沿線物語 作家名:股野 特大